女珀館の若女将シリーズ
２００００ＨＩＴ特別編「たつみさんご招待の巻」
作：こうけい
（20020906 発表）
みなさま、こんにちは。「観光旅館 女珀館」若女将のこうけいでございます。
お待たせいたしました。今回は、みごとジャスト２００００ＨＩＴを踏まれました、たつみ様を当旅館にご招待いたしました。
はたして、どんなことがおこりますやら…。
女珀館の客室。
若い仲居の女性が布団を敷いている前で、この部屋の宿泊客がアーモンドチョコレートをほおばる。
宿泊客「うーん、後味すっきり」
ふと、客が正面を見ると、仲居の手が止まっている。
宿泊客「あれ？仲居さん、どうしたの？」
彼女は物欲しそうな目で客をじっと見つめていた。
宿泊客「もしかして、このチョコほしいの？」
うなずく仲居。
宿泊客「じゃあ、ひと粒あげるバイ♪」
仲居「あ、ありがとうございますぅ」
仲居は震える指でアーモンドチョコレートをつかみ、口の中へ入れ、ゆっくりと噛みしめながら飲み込んだ。
仲居「……はぁ」
直立不動のままため息をつく仲居。
宿泊客「どうしたの？仲居さん」
仲居「………やっぱり、ＴＳなんてしませんよねぇ？あたしが男の体になったりとか」
彼女は思わせぶりに胸に手をやった。
宿泊客「当たり前でしょ。ＣＭじゃあるまいし」
仲居「そうですわねぇ…失礼しました」
気を取り直した仲居は、目の前の布団にまた手をかけようとする。
そのとき、若女将のこうけいが客室の外から声をかけてきた。
わたし「ｍｋ８４２６様、失礼いたします。……ちょっと、マサヨさん」
こうけいに呼ばれて、仲居のマサヨは廊下の隅に連れていかれた。
わたし「やっとお布団がひとりで敷けるようになったのに、困りますわね」
マサヨ「……」
わたし「マサヨさんもおわかりですよね？
うちはお客様からチップをいただかないことになってます」
マサヨ「…はい」
マサヨはうつむきながら、両手で前掛けの布をいじる。
そこへ、別の宿泊客が通りかかった。
宿泊客「あっ、チョコのナカイさんだ！」
マサヨ「はーい！後味すっきりですねぇ」
さっきまでの表情はどこへやら、にこやかに自慢の営業スマイルをふりまくマサヨ。
わたし「…これマサヨさん！まじめになさい！」
マサヨ「は、はいっ！すみませんっ！」
わたし「営業スマイルはけっこうですけど、女珀館の仲居はつつましやかでなくてはね。
たとえチョコレートひと粒でも、お客様から受け取ってはいけませんのですわよ。よろしいですわね？」
マサヨ「……わかりました」
そこへ、別の仲居が速足で近づいてきた。
仲居Ａ「若女将、たつみ様がいらっしゃいました」
わたし「たつみ様！わかりました。すぐ行きます。
マサヨさん、じゃあそういうことで」
こうけいはマサヨを残し、玄関へと急いだ。
帳場の前にたたずんでいたのは、ひとりの女性だった。
女性「あっ、こうけいの若女将」
わたし「たつみ様でいらっしゃいますね、ようこそ女珀館へ」
たつみ「はい。このたびはありがとうございます」
こうけいがお辞儀をすると、たつみはそれ以上に深々と頭を下げる。
わたし「わたしのことはこうけいとお呼びくだされば結構ですわ。
ご招待、遅くなって本当に申し訳ありません」
たつみ「とんでもないです。お世話になりますね」
わたし「さあさあ、お荷物をどうぞ。遠いところおつかれさまでした」
わたし「お部屋はこちらの奥になっております」
そのときふたりは、布団を敷き終わったマサヨとすれ違った。
マサヨ「あっ若女将。お布団のほう、無事に終わりました」
わたし「ご苦労さま。次は宴会の準備にまわってちょうだい」
たつみ「あの…このかたが、ＣＭに出てらしたマサヨさんですか」
マサヨ「左様でございますわ。覚えていただいて光栄です」
マサヨの顔から、自慢の営業スマイルがこぼれる。
たつみ「よろしくね、マサヨさん」
マサヨ「ところで若女将、このお客様がご招待のたつみ様ですか？」
わたし「ええ、そうですわ」
不意にマサヨの目が大きくなった。
マサヨ「たつみ様、恐れ入ります」
たつみ「はあ」
マサヨ「女性でいらっしゃいますけど、もしかしたら男性にＴＳなさるのでしょうか？」
こうけいの顔色がたちまち蒼ざめた。
わたし「マサヨさん、なんてことを！たつみ様はリアルＭＴＦでいらっしゃいますのよ！
戸籍上は男性なんですけど、女性の服装をしてらして、今日は体を心に合わせるためにうちの招待を受けたんです！
たつみ様、うちの仲居がとんだ失礼をいたしました。申し訳ございません！」
マサヨ「……申し訳ありません。失礼いたしました」
たつみ「…いえ、お構いなく。パスできてうれしかったですから」
わたし「ほらマサヨさん、早く大広間手伝って！」
ばつが悪そうに立ち去るマサヨは、たつみにとって特別な仲居になっていた。
夕食が終わり、たつみはのんびりと客室でくつろいでいる。
わたし「たつみ様、ＴＳアイテムの準備ができました。よろしいでしょうか」
こうけいと仲居たちが、数々のアイテムを持ってたつみの客室を訪れた。
たつみ「はい、どうぞ。お待ちしておりました」
いよいよ、たつみがＴＳして女性の体になるときがやってきたのだ。
わたし「まずはこちら、女子高生になれる学生カバンをお試しくださいませ」
仲居のひとりが木箱のふたを取ると、昔ながらの黒い皮製学生カバンが現れた。
わたし「このカバンの握りを手に持てば、たつみ様の服装はあっという間に女子高生のセーラー服になりますわ。
お体のほうも、それに合わせて、きれいさっぱり女性のものに…」
たつみ「まあ、そんなものをわたしに…。すごいわ……」
仲居Ｂ「さあ、どうぞ」
たつみの前に木箱が差し出される。
たつみ「ああ……」
ゆっくりと手を伸ばし、カバンの握りをしっかりとつかむ。
わたし「そのまま目をお閉じになって、ゆっくりお立ち上がりください。
きれいに変身できますわよ」
たつみ「若返って、女子になって、高校生活がやり直せるなんて、夢みたい…」
学生カバンは光を放っていき、それが次第にたつみを腕から包み込んでいく。
だがしかし、そこで不意に光は消えてしまった。
わたし「あれ？どうしたのかしら」
たつみ「なんともなりませんね」
仲居Ｂ「不具合かもしれませんね。これもずいぶんと使いましたから」
こうけいと仲居たちは顔を見合わせる。
わたし「たつみ様、すみません。しかたありませんから、次のアイテムに移りましょう」
たつみ「ご心配なく。いろいろなアイテムが試せたほうが楽しいですもの」
わたし「こちらは、裏山で取れました不思議な山菜でございます。
女珀館のＴＳサービスはこの料理からはじまったのですわよ」
小皿に盛られた山菜の煮付けがたつみに出される。
たつみ「おいしいですね、これ。夕ごはんは終わったのに、すんなりお腹に入ります。
…でも、体はなんともないんですけど」
わたし「えっ、そんな？」
仲居Ｃ「もしかしたら、ＴＳの賞味期限切れかも…」
わたし「も、申し訳ございません。次にまいります！」
わたし「でしたら、お湯に浸かりながらＴＳというのもいかがでしょう。
大浴場とは違った趣でございますわよ」
たつみ「ええ、お風呂は何度入ってもいいものですよね」
たつみとこうけいたちは離れの小部屋に向かった。
わたし「こちらが秘伝のＴＳ温泉となっております。
効能書きをごらんくださいませ」
たつみ「あっ、効能書きに『性同一性障害』って書いてますね」
しかし、たつみが湯に浸かっても肉体に変化は起きない。
わたし「……ここのお湯、日によって気まぐれなところがございまして。
ほほほほほ…」
こうけいの顔は引きつっていた。
たつみ「わたし、今日はＴＳの厄日なのかしら…？」
わたし「たつみ様、本当に申し訳ございません。
今日使えます最後のアイテム、性転換ボックスをお試しくださいませ」
たつみは中庭へと案内された。
たつみ「これ知ってますよ。入れ替わりやタイムスリップを起こしたボックスですね」
わたし「ええ。こちらやこちらのエピソードもご参照ください。
今度は、変身ＴＳもできるように改造しましたのよ」
たつみ「わあ、それは便利になりましたね」
仲居たちが手早く準備を整えるなか、たつみはボックスの中に入る。
わたし「さあたつみ様、いきますわよ！」
ところが、こうけいがスイッチを入れたとたんにボックスの底から煙が噴き上がった！
わたし「大変！消火器持ってきて！」
度重なる改造のせいかはわからないが、機械が暴走を起こしたのである。
わたし「たつみ様！！たつみ様っ！！！大丈夫ですか！！」
ボンッ！ボンッ！ボンッッ！！
こうけいの目前で、たつみの入ったボックスは爆発音を立てながら燃え上がっていった……。
わたし「たつみ様ぁっ！！！うわああぁぁぁぁ……………」
火は直ちに消し止められた。
幸い、たつみの生命は救われ、病院に運ばれた。
女珀館の建物にも被害はなく、営業もそのまま続けられた。
しかし、たつみの腰から下の組織は壊死状態で、切断しないと生命が危ういという。
わたし「こんなことになるなんて…！わたしのアイテム管理不行き届きですわ。
たつみ様、本当に申し訳ございません！！」
たつみ「……いいんですよ、こうけいさん。
ＴＳできるって夢を見させてもらえて幸せでした」
わたし「そんな…。どうやっておわびすれば……。
そうですわ、ここの院長、よくＳＲＳをやるそうですわよ」
院長は誠展館の若旦那の知り合いだったのだ。
わたし「たつみ様、下半身ごとそっくり、女性の肉体に改造してしまえばよろしいのでは？
もちろん責任をとりまして、手術代は女珀館が負担いたしますから」
たつみ「でも、手術だと不完全な体にしかなれないんですよね。
アイテムでＴＳすれば完全な女体になれるのに……」
わたし「たつみ様のお気持ち、わかりますわ。わたしだって、痛いほど…」
そのとき病室に、純白の和服を身に纏ったゴージャスな雰囲気の女性が現れた。
わたし「大女将、わざわざすみません」
たつみ「このかたが、大女将でしたか。はじめまして、たつみです」
大女将「たつみ様、このたびはお気の毒様でした。わたくしからも深くお詫び申し上げます」
大女将はベッドの上のたつみに大きく頭を下げた。
大女将「しかしです、たつみ様、こうけいさん。いい方法がありますのよ。
たつみ様の体細胞をうちのＴＳアイテムで加工しながら培養して、性染色体がＸＸの子宮や卵巣、女性器をつくるのです。卵細胞もつくれますわ。
それをたつみ様に移植すれば、治療される下半身、そして全身の細胞が次第にＸＸ化して、たつみ様は完全な女性体になれるはずですわ」
わたし「なるほど。でも、大丈夫なのでしょうか」
大女将「…大変な痛みを伴うはずです。なにしろ、全身の組織が激しく変化を起こすのですから。
痛みに堪えきれなければ、命も危ないかもしれませんことよ…」
わたし「たつみ様…。それでよろしいのでしょうか……」
たつみ「…こ、こうけいさんがいてくだされば…」
わたし「でも、わたしも旅館の仕事がありますから、たつみ様につきっきりというわけには」
男性「若女将、僕にお任せください。たつみ様を担当いたします者です」
病室に入ってきたのは、恰幅のいい男性看護師（看護士）だった。
男性「たつみさん、大丈夫。あなたは立派な女性ではありませんか。
あなたの気力と体力があれば、きっと体も女性になれますよ」
たつみ「看護士さん、ありがとう…」
たつみの目に、心なしか活気が戻ってきたように思えた。
大女将「こうけいさん、今のたつみ様にＴＳの勇気を与えるには、異性のまなざしに限りますわよ。そう、殿方のね」
わたし「なるほど、大女将。それじゃ、わたしたちは戻りましょうか」
治療が始まった。
取り出されたたつみの体細胞を、性転換山菜とアーモンドチョコレートと女子高生化スカーフのエキス、そしてＴＳ温泉のお湯に浸けて数日間。次第に、性染色体以外はたつみのものと全く同じ、たつみのためだけの子宮や卵巣が形成されてきた。
そしてたつみに手術が施された。激しい外傷を受けていた下半身から男性器などが取り除かれ、性染色体が違う女性の器官が替わりに移植される。女珀館のＴＳアイテムの力を受けたこの器官が、まわりの組織を攻撃してじわじわと女性化していく。その攻撃の痛みに堪えられるかどうかが、たつみの運命を決めるのだ。
たつみ「うぎゃあっ！！！お腹が、背中が、熱いよおっ！！」
見舞いに来たこうけいが見たものは、ベッドの上でのたうちまわりながら、肉体の変化に悶え苦しむたつみの姿だった。
わたし「これって…」
たつみ「いつまで続くの！？もう死んじゃいそう！」
看護士「たつみさん！氷枕を取り替えましょう！」
たつみ「か、看護士さん、お願い！助けて！！」
看護士「ええ。僕がいれば大丈夫です！若女将も、ご安心を」
看護士の真剣な眼差しに、こうけいは胸をなでおろして立ち去った。
わたし「たつみ様、がんばって！看護士さんも…！」
そしてさらに数週間が過ぎた。
たつみの肉体の変化はようやくおさまり、外出許可が下りたのだ。
たつみ「こうけいさん、お邪魔しまーす」
わたし「いらっしゃい、たつみ様。まあ、すっかり変わっちゃって」
はじめて女珀館に来たときと違い、たつみの体はほっそりとしながらも丸みを帯びていた。
そして、声もすっかり高く、柔らかくなっている。
看護士「これが本当の女性の体なんですよ」
たつみの横に寄り添う看護士の姿は、初対面のときよりだいぶやつれていた。
たつみと共に痛みを味わった証拠だろう。
わたし「看護士さん、本当におつかれさまでしたわ」
看護士「いえいえ、たつみさんの治療はまだこれからですよ」
今日のたつみは、女珀館で仲居を体験して女性の礼儀作法を勉強することになっている。指導役はマサヨだ。
マサヨ「ほら、帯がまだまだ緩いですよ」
たつみ「す、すみません」
マサヨ「あのときわたしが失礼をいたしましたたつみ様と、こういうことになるなんて思いもよりませんでしたわ」
たつみ「わたしだって、最初に名前を覚えた仲居のマサヨさんに指導されてうれしいです」
マサヨ「ほほほほ…」
たつみ「うふふふふ…」
たつみが仲居として見られる振る舞いになるまで、看護士はこうけいたちと客室で待っていた。
マサヨ「お待たせしました。たつみ様の準備ができました」
看護士「どうぞ、お入り」
たつみ「…お邪魔いたします」
ふすまが開き、着物姿のたつみがマサヨと共に現れる。
看護士「おお…きれいだ…」
たつみのつつましやかな表情が、仲居の着物とあまりに見事にとけあっていたのだ。
わたし「まるで、後光が差してるわ…」
指導役のマサヨさえも、たつみの前にはかすんで見えた。
たつみはうしろを向き、静かにふすまを閉じた。
マサヨ「いい閉め方でしたわね。さあ、自己紹介をどうぞ」
たつみ「…新人のたつみでございます。不行き届きな点があるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」
たつみは三つ指をつき、深々と頭を下げた。
わたし「すごいわ、たつみ様。たった半日でこんなに変わるなんて」
思わず拍手をするこうけい。
看護士「まるで生まれつきの仲居のようだよ」
たつみ「おほめにあずかり光栄ですわ。お茶をどうぞ」
たつみはまるで手馴れたように、看護士たちに給仕する。
その直後、アクシデントが起こった。
看護士「よかったよ、たつみさん。仕草も、着物も、最高さ」
たつみ「ああ…。看護士さん、うれしいわ……っ！！」
たつみの顔から血の気が引いていく。
次の瞬間、たつみはひざから畳の上にくずおれた！
わたし「たつみ様！」
看護士「どうした！無理をしすぎたか！？」
気がつくと、たつみは病院のベッドに戻っていた。
看護士「たつみさん。ごめんなさい。僕が無理をさせたから」
たつみ「ううん、いいの…」
わたし「たつみ様、あの……初潮でしたのよ」
たつみ「ええ。わかってましたわ。なぜか、これがそうなんだって。
看護士さんからやさしくほめられて、彼のことで頭がいっぱいになったら、突然おなかの下が…」
わたし「体験したことがないのにわかるなんて、不思議なものですわね。女性の本能なのかしら」
たつみ「こうけいさん…わたし、子供を産める体になったのね……」
わたし「ええ。たつみ様はお母さんになれるのですわよ」
たつみ「彼の、子供だって産めるのよね…」
わたし「たつみ様、それって？」
たつみ「あっ…！」
たつみは赤くほてった顔を、あわてて枕の反対側へとそむけた。
わたし「あれ？看護士さんは？」
こうけいが見まわすと、彼のほうも病室の隅で赤面していた。
さらに３年の月日が過ぎ去った。
退院し、戸籍も女性の“多津美”となったたつみは、自分を献身的に看病してくれた看護士と結婚し、男の子を授かった。
そして今日、多津美は家族３人で女珀館に招待されたのだ。
多津美「おじゃましまーす。こうけいさん」
わたし「多津美様、いらっしゃいませ。お久しぶりでございます。あっ、お子様かわいいですね」
多津美の腕には、彼女と瓜ふたつの赤ん坊が抱かれていた。
多津美「ありがとう。まだ３ヶ月なのよ」
看護士「若女将、今晩はくつろがせてもらうよ」
マサヨ「仲居頭のマサヨでございます。お荷物をどうぞ」
多津美「マサヨさん、式のとき以来ですわね」
こうけいとマサヨも、多津美の結婚式に出席していたのだ。参考までに、このとき大女将は旅館でお留守番。
多津美一家が客席に案内されると、とたんに赤ん坊が泣き出した。
多津美「あーよちよち、きーちゃん。お乳あげますからね」
マサヨ「ミルクのお湯も用意してございますわよ」
多津美「いえ、結構ですわ。母乳ですから」
わたし「すごいですわね、多津美様」
多津美は自然な動作で胸をはだけさせ、よく張った乳房を赤ん坊の口に含ませる。
もとが男性だったとはとても思えない、性染色体ＸＸの経産婦の肉体だ。
多津美「“きみまさ”っていうんですよ、この子の名前」
わたし「なんとお書きになるのですか？」
多津美「“公正”よ。こうけいさんとマサヨさんからひと文字ずついただいたんですから」
わたし「それはそれは、光栄ですわ」
マサヨ「お、おそれいります」
多津美「わたしが彼と結ばれたのも、こうしてこの子を抱いていられるのも、この旅館のおかげなんですもの」
公正は多津美のふくよかな胸の中で静かになっていた。
看護士「若女将。ようやく、多津美の治療が終わりましたよ。
多津美は単なる女性じゃない、母性となることを願っていたんです。
その願いがかなった今、やっと彼女は健康体になれたのですよ」
わたし「わかりますわ…。多津美様を看護していただいて、本当にありがとうございます」
看護士「いえ、僕は医療に携わる者として、彼女を助けただけですよ」
わたし「多津美様、ご快癒おめでとうございます」
多津美「ありがとうございます。わたし、今がいちばん幸せですわ。
きーちゃん、ママ、元気になったのよ」
公正に温かくまなざしを向ける多津美を見ながら、こうけいも静かにうなずいた。
多津美「それにしてもマサヨさん、仲居頭とは出世されましたね」
マサヨ「ありがとうございます。みなさまの応援のおかげです」
わたし「いえ、マサヨさんの努力と素質のおかげですわよ。
営業スマイルに、接客の実力がつけばこわいものはございませんものね。
あと…お知らせしてもよろしいかしら？」
こうけい、マサヨに視線を移す。
マサヨ「はい…。実はあたし、このたび結婚することになりました」
多津美「ええっ！？マサヨさんが！それはおめでとうございます」
マサヨ「ありがとうございます」
わたし「覚えてらっしゃいます？式のとき多津美様のブーケを受け取ったの、マサヨさんでしたのよ」
多津美「あっ！なるほど」
マサヨ「多津美様、あたしがドレスに見とれてたら、ねらって投げてくるんですもの」
多津美「で、お相手は？」
マサヨ「タレント兼家庭教師の、カトリさんです」
多津美「ああ、やっぱりですね。お幸せに」
マサヨ「みんなからやっぱりっていわれるんですわよぉ」
わたし「カトリ様には、仕事でもよく当旅館をご利用いただいておりますのよ。
マサヨさんとカトリ様、ずっと前から相思相愛でしたものね」
マサヨ「彼がプロポーズしてきたときは、この体になってよかったと、やっと心から実感いたしましたわ」
しみじみと言いながら、マサヨは自分の胸に手を当てた。
マサヨ「でも彼、女装が好きなのがちょっとこまっちゃうんですのよ」
多津美「子供ができても、どっちがママだかわからなくなりそうね」
わたし「あたたかく見守ってあげましょうよ」
マサヨ「そうするつもりですわ。うふふふふふ…」
わたし「わたしたちＭＴＦと違う、純粋な男の方々だって、女装を楽しむ権利はあるとおもいますもの」
マサヨ「多津美様、あたしも早く子供を産んで、女の幸せを味わいたいな…」
多津美「期待してますよ、マサヨさん」
マサヨ「でも、痛いのが心配なの」
多津美「ＴＳの痛さに比べたら、とても楽ですよ。後味すっきり！」
大変なアクシデントもございましたけど、これで多津美様のご招待も完了。
時間と痛みを伴ったからこそ、彼女は幸せなＴＳができたのかもしれませんね。
さあ、今度はあなたがご招待を受ける番かしら？まだまだ不思議がいっぱいの女珀館です。
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