※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
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トランス・ラブ
ストーリー
〜最終回「最終日 月曜日〜エピローグ」〜
作：こうけい
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１ 言わずに逃げるなんて無理だった ▼
今日は、青空高校に行く最後の日。そして１学期の終業式だ。
俺は、いつもより３０分も早く目覚めて、制服に最後の袖を通した。
この体、この姿になって１ヶ月。
いろいろあったけど、結局は綾音に戻れなかった。
そして、学校とも、この町ともお別れだ。
否も応もない。これから一生、俺は朝山輝一なんだよな。
鏡の前でネクタイを直しながら、自分に何度も言い聞かせた。
もうすっかり慣れた通学路を行くのも、今日で最後だ。
入学から１年と少しの間、ずっと歩いてきたように思えるのはなぜだろう。
講堂で式が終わり、２年Ｃ組の教室に戻ってくる。
三上先生から声をかけられて、俺は壇上に立った。
とうとう、１ヶ月間秘密にしていた話が公にされたのだ。
クラス中がどよめく。
大須賀は、にっこり笑って握手してくれた。
本多さん、後藤さん、弥生ちゃん、天野さん。みんな驚いたって表情だけど、俺を快く送り出してくれた。
みんな、この１ヶ月、お世話になったよ。
もう下校の時間だ。教室にはだれもいない。
このままさっさと帰ろうか。そうすれば、面倒なことなくこの町を去れるんだよな。
でも……。
そんな邪心は、不意に開いた扉の音で打ち破られた。
「朝山くん！ ここにいたの！？」
「桂木さん！」
やっぱり、言わずに逃げるなんて無理だった。
「朝山くんが転校するって、引っ越すって噂が流れてた。どういうこと？ わたし、ぜんぜん聞いてないよ」
桂木さんの落ち着いた口調が、とても冷ややかに聞こえた。
「……その通りだよ、本当のことだから」
俺は、みさきとの間の一部始終を話した。
「そんな！？ 朝山くんが引っ越しちゃったら、わたし、一生綾音のままじゃないの？」
彼女の声が震えてる。驚いたというより、ショックで呆然とした目だ。
「それでいいんだよ、か・つ・ら・ぎ・さん」
わざと突き放してみる。
「あんまりよ。わたしだって輝一に戻りたかったのに！ どうして……どうして転校のこと、言ってくれなかったの？」
「それは……桂木さんの邪魔をしたくなかったからだよ」
「えっ？」
元に戻れないで桂木さんとお別れするなら、最後の言葉をどう言おうか。
俺は、この一週間ほど考えていたことを、今こそぶちまけた。
「今の桂木さん、とても幸せなはずだろ？ ピアノのレッスンに通ったりして、桂木さんらしさを取り戻そうと懸命なんだろ？」
「でも……だって……」
「ご両親が仲直りしたよな。親子の会話も増えたよな。家庭環境だって、ずっとよくなったじゃないか」
「わたしの本当の家は、輝一の家なのよ。引っ越しくらい教えてくれたって……」
「いい環境でがんばってる桂木さんに、余計な心労をかけちゃいけない。だから、俺もみさきも黙っていたんだ」
「昨日のみさきちゃんのデート、突然でびっくりしたけど……そういうわけだったのね」
「あれで思い出はできただろ？」
「どうして、元に戻れないなんて決めつけるの？」
「実際そうじゃないか」
「…………」
桂木さんの顔からは、すっかり血の気が引いていた。
「俺、輝一になりきるって決意した。桂木さんにも、本当の綾音として、幸せな人生送ってほしいんだ。さようなら」
震える口先を意識して落ち着けながら、俺は桂木さんに別れを告げた。
次の瞬間、俺の右腕が重くなった。
「勝手に、さようならなんて言わないでよ！」
「あっ」
桂木さんが腕をつかんだんだ。
「前に言ったでしょ？ わたし、……ううん俺、たとえどんなに綾音になりきったとしても、心の底では輝一を忘れないよ。忘れられないよ！」
「忘れてくれよ。それが君のためなんだよ」
「ひどいよ、桂木さん！」
つかんでいた俺の腕を放り出すと、桂木さんは教室から走り去っていった。
どうしよう。追いかけるか！？
ところが間髪を入れず、今度はのぞみが教室に飛び込んできた！
目には怒りの炎が燃えていた。桂木さんの冷ややかな軽蔑のまなざしとは対照的に。
「桂木さん！」
「は、はい！！」
どうしてだろう、反射的に返事をしてしまった。
「やっぱり、あなた桂木さんね！ 輝一の姿をしてるけど、桂木さんよね！？」
「違う、俺は……」
「もう全部わかってるのよ、廊下で聞いたから！ さっき出てった桂木さんが、本当の輝一なのよね！？」
「だけど今はもう、俺がテル……」
「輝一が転校するっていきなり聞いて、わたしショックでしばらく外に出てて、やっと心が落ち着いたから様子を見にきたら……本当に入れ替わってたなんて！！」
「だから、球技大会のときにのぞみが信じてれば……」
「だったら、転校するって早く言ってほしかった。そうすれば、入れ替わりのことも信じてあげたのに！ あなたたちに、もっと協力してあげられたのに！！」
「…………」
「こんなことしてる場合じゃない、輝一を追いかけないと！ 桂木さんもいっしょに探して！」
のぞみは俺の手をつかんで、教室を飛び出した。
そうだ、桂木さんを見つけないと！
「わたしは家のほう探すわ。桂木さんは街のほうお願い！」
「わかった！」
俺には、心当たりがあった。
こういうときに桂木さんの行きそうなところといえば、あの場所しかない。
ふたりの“綾音”だけが知っている、秘密の高台だ。
息を切らしながら、急な坂を上る。
草や小枝をかきわけて山道を進むと、いた！
放心した様子で立っている桂木さんが。
桂木さん！
叫ぼうとした俺は、足元のつる草に足をとられて、思いっきり前のめりになってしまった。一瞬宙を舞った体は、桂木さんに向けて……直後、全身に衝撃が走った。
ドッサァァァーーーーンッ！！！！！！！
▲ ２ 今こそ、あのときの自分の気持ちをはっきりと言える ▼
気づいたとき、俺は地面に横たわっていた。
上に、何かが乗っている感触がする。
なんだか重くて、動けない。俺ってこんなに非力だったか？
目を開けてみる。
えっ？ 乗ってるの……輝一の体じゃないか！！
輝一が前のめりに倒れてる。
ということは、この俺は……わたしは！？
輝一の体が意識を取り戻して、ゆっくりと起き上がる。
「あいたたた……えっ、わたしがいる……声が！？ 制服も？ じゃあ、まさか……あるっ！」
目の前の輝一が、スラックスの中に手を入れた瞬間、小躍りしだした。
「戻った、信じられない、輝一だ！ 桂木さん、起きて！」
わたしがか細い手を差し出すと、朝山くんが力強い手で握り締めて、わたしの体を起こす。
「間違いないか？」
体のあちこちを触ってみる。間違いなく、女だ。１ヶ月ぶりの綾音の体だ！
「うん！ わたしも戻ってる！」
「戻ったんだ、俺たち！ いやっほうーっ！！！」
朝山くんとわたしは、お互いの体をぽんぽんとはたき合いながら、元の体に戻れた実感にしばらく浸っていた。
わたしは桂木綾音。
そして目の前に朝山くんがいる。
ほかにはだれもいない、高台の上。
今こそ、あのときの自分の気持ちをはっきりと言える。
「朝山輝一くん。わたしは、あなたのことが好きです。廊下でぶつかったのも、朝山くんの気を引いてもらいたかったからなの。まさか、入れ替わるなんて思わなかったけれど」
「そう、だったのか。実は、俺も桂木さんのこと憧れてたんだ」
「えっ」
わたしたち、両想いだったなんて。
「戻った今だから言えるけど、桂木さんになってた間、つらいこともあったけど正直言ってうれしかった」
「わたしだって、朝山くんになれてうれしかったよ。今だって、とても幸せ」
わたしは、朝山くんの胸へと飛び込もうとした。
けれども、彼の雰囲気はちょっと違う。顔色も曇ってきた。
なに？ いやな胸騒ぎがする。
「でも、でも俺は、わかったんだ。自分が本当は、のぞみが好きだってことが」
そうだったのね。
不思議と、わたしは冷静だった。
もしかしたら、わたしもうすうす感づいていたのかもしれない。入れ替わってからの、朝山くんの態度から。
「入れ替わって、のぞみと遠くなったのが、俺は悲しくてたまらなかった」
「広瀬さん、いい人よね。わたしも朝山くんになって、彼女の人柄がよくわかったわ」
「本当にごめん、桂木さん」
そのときわたしは、大切なことを思い出した。
「ねえ朝山くん、生徒手帳見てもらえるかしら」
「……こ、これは？」
ポケットから取り出した生徒手帳を開いて、朝山くんは驚き顔だ。
「だから桂木さん、あのとき見てほしくなかったのか」
「うん、そう言った。でもね、ほんとうは見てほしかったの。だって……」
そう、入れ替わった数日後に、わたしが落として朝山くんが拾ってくれた生徒手帳。
「本当は、朝山くんが通るってわかってて、わざと落としたんだもの」
「ありがとう。気持ちは確かに受け取った。でも、これから転校していく俺にはもういらないよな。桂木さんにあげる。記念にとっときなよ」
手渡された生徒手帳を開いてみると、あの書き込みはくっきりと残ってた。
『憧れの朝山輝一くんになれて、今すごく幸せです 綾音』
朝山くんの体になったばかりで戸惑ってたわたしが、それでもうれしいって想いを手帳にしたためたんだ。
ああ、あのときのわたしが、いちばん幸せだったのかも……。
「どうもありがとう、大切な宝物にするわね」
「俺、元に戻ったけれど、心の底では綾音を忘れないよ、きっと」
「わたしも」
「そうだ、のぞみを探さないと」
「わたしも手伝う！」
「あいつ、どこに行ったと思う？」
「わたしには心当たりあるわ」
「俺にもある」
「ふたりいっしょに言いましょう。せーのっ」
「児童公園！」
息もぴったりだった。
▲ ３ 今度の涙はさっきとはぜんぜん違う ▼
「いたわ！」
「のぞみ……」
思ったとおり、広瀬さんは、児童公園の片隅にたたずんでいた。
「広瀬さん」
まずわたしが、ゆっくりと彼女に近づいていく。
「あ、輝一？」
振り返った彼女の顔には、涙の跡があちこちに残っている。
なんだか、魂がどこかに浮遊してるみたい。
「ううん、わたしが綾音なの。あれからね、元に戻ったのよ、朝山くんとわたし」
「えっ、本当？」
「そうなんだ、のぞみ。信じてくれるか」
朝山くんがわたしの背後に立つ。
「……信じるわ。おめでと。それだけのために、わざわざここまで来たの？」
「違うわよ。朝山くん、あなたに大切なことを言いに来たのよ！」
「そうか。戻ったってことは、輝一が転校しちゃうのよね。……えっ、輝一が？」
広瀬さん、やっと正気に戻ったようだ。
「うん。でもそれだけじゃないわ」
「えっ？」
「さあ朝山くん、どうぞ」
お膳立ては整った。わたしは朝山くんに目配せして、後ろに下がる。
「のぞみ……すまない。今まで心配かけて」
「あっ……」
「俺が悪かったんだ。信じてもらえなくても、のぞみにもっとはっきり言えばよかったんだ、俺と桂木さんが入れ替わってるって」
「わたしだってごめんなさい。輝一がこんな苦労してるなんて知らないで、失礼なことばかり言って」
「でも、でも……のぞみだったから、のぞみだったから言えなかったんだ……」
朝山くんの体が、広瀬さんにいっそう近づく。
「俺、桂木さんの体になって、はっきりと気づいたんだ。のぞみがただの幼なじみじゃない、俺にとって、大切なひとだってことが」
「え……」
「それは、元に戻った今も変わっちゃいない。好きだ。のぞみ。おまえが好きだ、誰よりも」
「うれしい……。わたしも、輝一のこと、好き」
広瀬さんの目から、また涙が流れていくのが見えた。
でも、今度の涙はさっきとはぜんぜん違う。
そして、わたしの目まで曇って……。
お邪魔になってきたわたしは、静かに児童公園を後にする。
そして１ヶ月ぶりに、本当の自分の家へと帰っていった。
▲ ４ わたしも、その告白、受けてたと思う ▼
数日後、朝山くんの家の引っ越しの日。わたしは、広瀬さんといっしょに見送りに行った。
引っ越しのお手伝いもさせてもらったのよね。
朝山くんの部屋のタンスを持ち上げようとすると、彼、顔を赤くして焦るのよ。
だから、わたしが小声で教えてあげたわ。
「大丈夫。下から二番目の引き出しに入れ替えたから」
「さすが。桂木先輩は、やっぱりお兄ちゃんだったんだね」
みさきちゃんが、わたしのほうを向いて笑った。
そりゃ、男だったときは、お世話になった本だもの。
みさきちゃんとお母さんが、家の車で先に出発する。
そして朝山くんは、お父さんといっしょにトラックに乗り込む。
「向こうでも、元気でね」
「きっと、また逢えるよね」
「ああ、いっぱい手紙書くよ。それに、高校卒業したら戻ってくるさ。それじゃ」
広瀬さんとわたしが見守るなか、トラックの扉が閉じられて、もうひとりのわたしはこの町を去っていったのだった。
「桂木さん、輝一の体を預ってくれて、どうもありがとう」
「そんな、お礼を言うのはこっちよ。わたし、朝山くんになったおかげで、広瀬さんと心が通じ合えるようになったもの」
「そうね。プールとデパート、とても楽しかったわよ」
「こちらこそ。わたし思うんだけど、もし元に戻れなくて、わたしが輝一のまま引っ越したとしても、わたしは朝山くんの綾音じゃなくて、あなたのほうを選んでたんじゃないかって」
「……わたしも、その告白、受けてたと思う」
▲ ５ 今でも、心の底にはわたしがありますか？
こうして、朝山くんの青空高校での生活は終わりを告げた。
実は、わたしたちが元に戻った次の日、天野さんが、あの高台を見つけちゃったの。
そして、ヘビの抜け殻を拾ったんだって。
もしかしたら、身代わり伝説って、本当だったのかもしれない。
最初にわたしたちが入れ替わったときも、廊下にヘビの抜け殻が落ちていたのかも。今となっては、確かめられないけれど。
わたしもあれから、ヘビの抜け殻探しが好きになって、みどりちゃんとよく校庭や高台で探してる。
彼女とは、名前で呼ぶくらい親しくなっちゃったんだ。わたしが入れ替わってなかったら、考えられないことよね。
広瀬さんのことをのぞみちゃんって呼ぶのは、朝山くんに悪いから遠慮してるけれど。
広瀬さん、今でもよく言ってる。わたしといると、まるで輝一といるみたいって。
でも、わたしも同じ。広瀬さんといると、朝山くんかと錯覚しちゃうんだ。
わたしと朝山くんの間に、広瀬さんはなくてはならない存在なんだなって思う。
夏休みが終わり、朝山くんのいない新学期、秋、そして冬。
朝山くんからは、月に一回くらい手紙が届いてる。
でも、広瀬さんには週に一回届くらしい。まあ、仕方ないか。
わたしのほうからも、書いてあげないとな。
「朝山くん、お元気ですか。
成績が上がったんですって？ すごいな、おめでとう。
この調子でがんばれば、きっとこっちの大学に合格できると思います。
わたしは、もうすぐ音楽部の演奏会。休んだ分も取り戻そうと練習に励んでます。
冬はヘビの抜け殻探しができないから、その分も部活に集中してます。
大須賀くんは、相変わらずふられてます。この間は、白百合女子学園の水泳部長さんにも。
一度大須賀くんをふってるみどりちゃんも、ちょっとだけ彼に同情してるみたい。
そうそう、広瀬さんからも聞いたと思うけど、あの絵がコンクールで２位に入賞して、入賞作の画集本に載りました。
そちらの学校の美術部にもあるかもしれないから、ぜひ見てください。
入れ替わったわたしたちの姿が、本になって残るなんて驚きよね。
たぶんもう二度と描けないモデルだから、なおさらです。
朝山くん、今でも、心の底にはわたしがありますか？
わたしには、輝一だった自分が、今でも残っています。
綾音より」
（完）
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