※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第１７回「３１日目 日曜日」〜
作：こうけい
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１ １時間も待ったのよ、この炎天下で ▼
ふああああ、時間通りね。
今日は広瀬さんとのデート。遅刻なんてしたら何を言われるかわからない。
服装は、落ち着いたプリントのＴシャツに白いチノパン。広瀬さん相手には普段着がちょうどいいんじゃないかな。
「おはよう、桂木先輩。わたしね、今日はお兄ちゃんと出かけるの」
「綾音の朝山くんと？」
「うん」
みさきちゃんも普段着姿だ。ま、相手がお兄さんなんだから当然か。
「朝山くんだって、わたしと似た立場なのよね」
「転校を知らないだけ、お兄ちゃんのほうが楽かもよ」
「でもね、知らないからつらいってことも、あるんじゃないかしら」
「とにかく先輩、のぞみお姉ちゃんとのデートがんばってね」
３０分も前に家を出たわたしは、わざとゆっくり歩きながら駅前に着いた。
あれ、広瀬さん、もう来てるじゃないの。
ブルーのタンクトップに、Ｇパン。わたしと同じで、普段着って感じ。
「よっ、のぞみ。早いなあ」
「遅い！ 輝一！」
いきなりどなられた。
「でも、まだ１５分もあるだろ」
「わたしは１時間も待ったのよ、この炎天下で」
「そんなの知らないよ。遅刻しないだけましだろ」
「レディーを待たせたことに変わりはないでしょ」
参ったわね。どう言えば落ち着いてくれるんだろう。
「これでも今日は、のぞみの目覚ましのおかげで、きっちりと起きられたんだけどな」
「えっ、それを早く言ってよ。さあ行きましょ。並んで歩きましょ」
思ったとおり、急に機嫌がよくなった。
こんな彼女と１０年以上も幼なじみづきあいしてる朝山くんって、辛抱強いな。
▲ ２ でもね、輝一といっしょなら平気だよ ▼
プールも、大須賀くんといっしょに行ったとき以来ね。
だけど今日の水着は、昨日広瀬さんと別れてから買った、ふつうの男性用トランクスタイプだ。
そう、わたしもとうとう、プールで胸を出しても平気になっていた。
こうして一歩一歩、男の子としてのたしなみを覚えていくのね……。
「じゃーん、いいでしょこれ？」
広瀬さんの水着は、○や△がちりばめられたちょっと前衛的な模様のビキニ。
「さすが美術部、って感じかなあ？」
「それってどういうこと？ 変な意味じゃないでしょうね？」
「のぞみにお似合いってことだよ」
「あっ、なんだそういうことか、ありがと」
わたしは、彼女が背中に持っていた、大きなビニールボードが気になった。
「ところで、背中のそれ何？」
「ええっ、意地悪ね。わかってるでしょ？」
「あっ、わかってるわかってる」
本当の朝山くんなら、きっと知ってるんだろう。
「ふう、久しぶりの泳ぎは気持ちいいな」
「輝一の泳ぎ、かっこよくなったね。そのフォームならスピード出るよ」
「のぞみも楽しそうだな」
広瀬さんは、プールに浮かんだビニールボードの上。ときどき腕でのんびりと水をかいている。
どうやら彼女、釘を打つ大工道具のようね。
「これなら、わたしが今度溺れたときも、輝一に助けてもらえそうね」
「どういうこと？」
「覚えてないの？ 小学１年のころ、わたしが大きな公園の池に落っこちたときのこと」
「……」
「助けようって輝一が飛び込んだら、いっしょに溺れちゃって、ふたりとも通りかかった大人のひとに助けられたのよ。ま、思い出したくない気持ちはわかるけど」
「そっか。だんだん思い出してきたよ」
ここは話をあわせておこう。
「わたしもあれですっかり水が怖くなっちゃってさ。でもね、輝一といっしょなら平気だよ」
「それはさておき、溺れるんじゃないぞ」
しばらく泳いでから、プールサイドでお弁当。もちろん今日も、広瀬さんの手づくりだ。
包みを開けて驚いたのは、箱の上になんと保冷剤！
「夏は気をつけないとね。おにぎりだって腐りにくい俵結びで、塩しっかりまぶしてあるわよ」
「うれしいよ、その心配り。中身だって……おいしいっ！」
こうして、わたしたちはプールでのデートを楽しんだ。
▲ ３ この子のために何かしてやらなくちゃ ▼
プールを出たわたしたちは、駅前通りのデパートでショッピング。
「悪いわね、つきあわせちゃって」
「いいよ、のぞみこそプールつきあってくれたんだから」
「あー、どっちにしようか迷っちゃうなー」
「さっきのパンツだったら、このブラウスのほうが体の線がきれいに出るよ」
「そうね。でも驚いたな。輝一っていつの間にそんなセンス身につけたのかしら」
「俺だって、女の子のこといろいろ勉強してるんだぞ」
「はいはい」
ふだんはあまり着飾らない広瀬さんだけど、こういうところで選ぶ服はしっかりポイントおさえてる。
「青はほっそり見えすぎるから、ヒップにワンポイントおいたほうがいいかな」
綾音のファッションの参考にもなりそう。元に戻れればだけど……。
そんなこんなでショッピングに興じてるときのことだった。
「あれ？ 輝一、シャツ引っ張らないでよ」
「俺はここだぞ」
「えっ？ わっ、子供が！」
いつの間にか、見知らぬ子供が広瀬さんのシャツをつかんで立っていた。
「こりゃ迷子だな」
「お母さんとはぐれたのね。まだ店にいるはずよ」
どうしよう。子供は今にも泣き出しそうだ。
迷子センターに預けるっていう手もあるけれど。
そのとき、広瀬さんがしゃがんで、子供をあやしはじめた。
「ほうら、心配しないで。お母さん、すぐ見つかるからね」
子供の目線に立って、やさしく語りかける広瀬さん。泣きそうだった子供が笑い出した。
そう、わたしもこの温かさに癒されたのよね。これが彼女の魅力なんだ。
「俺、この子のお母さん探してみる。きっと同じ階にいるよ」
自然とそんな言葉が口に出た。わたしだって、この子のために何かしてやらなくちゃ。
「いいこと言うね輝一。わたしも、意外と近くにいると思う。もう気づいてて、はぐれた辺りを見回してるんじゃないかな」
「わかった。行ってくるから、のぞみはここから動くなよ」
「うん、待ってるね」
お母さんはあっさりと見つかった。
ひとつ隣の通路の売り場に、あわてながらきょろきょろと隅々を見てた女の人がいて、わたしが話しかけたら思ったとおり。彼女を広瀬さんのところまで連れていったら、ママーって言いながら子供が飛びついてきた。
お母さん、わたしたちに何度もお礼を言ってくれた上に、少ないですけどって千円をわたしの手に押し付ける。いいです、お金なんていりませんなんて言ったけど、結局は受け取った。ふたりで５００円ずつ分ける。このあとの食事代くらいにはなるか。
▲ ４ やっぱり言わなくていい ▼
デパートの次は喫茶店で休んでいくことにする。大須賀くんと朝山くんが来たあの喫茶店だ。
広瀬さん、はじめてのようだったけど、雰囲気が気に入ったみたい。
「さっきのお母さん、わたしたちのこと、なんて言ってたか知ってる？」
「えっ、知らないけど」
「お若いのに子育てが上手そうなご夫婦ですね、って言ってたのよ」
「俺たちが夫婦に見えたのか？」
「失礼しちゃうわ。なんでわたしが輝一と？」
でも、言葉とは裏腹に、広瀬さんの口元には笑みがこぼれている。
「よくやったわよ、輝一」
そうつぶやく声が、わたしの耳にもしっかり届いた。
「あの絵、もうすぐ完成するわ。自信作だから、コンクールに応募してみるつもりよ」
もちろん、わたしと朝山くんがモデルをやった絵のことだ。
「あれでか？ なよっとした俺で？」
綾音としても輝一としても、わたしはちょっと恥ずかしかった。
「ちょっと倒錯しかかった感じの男女、っていうのがいいんじゃないの。それに安心しなさい、実物の輝一はとっても男らしくてかっこいいんだから」
男らしい？ わたしが？ それってうれしいこと？ かなしいこと？
入れ替わったばかりのころは、男らしいなんていわれたらプリプリ怒ってただろうけど、元に戻れなさそうな今だと、喜んだほうがいいのかな。
「ところで……なんでわたしを誘ったの？」
広瀬さんが不意に尋ねてきた。
でも、なんでなんだろう。
わたしは本当は綾音で、広瀬さんの人柄をみたかったから、なんていえない。
明日で転校だから思い出づくりに、なんていえるはずもない。
幼なじみだから？ それも偽りの答えよ。
「……」
「やっぱり言わなくていい」
ほっ。
わたしはまた、広瀬さんの優しさに救われたのだろうか。
▲ ５ この場で時間を止めてあげたかった
「今日は楽しかったわ。ねえ、寄っていきたいところがあるんだけど、いいかしら？」
喫茶店を出たあと、広瀬さんが言う。当然、うなずいた。
「やっぱり、輝一とわたしにはここが一番の場所かな」
広瀬さんに連れられてきたのは、近所の児童公園。
「昔いっしょによく遊んだよね。このブランコ、ふたりで夜まで乗ってたよね。輝一がすべり台でお腹ですべろうとして、鼻の頭すりむいて泣いたことあったよね」
「そうだね、あのときは痛かったよ」
本当の思い出でなくても、懐かしく感じるのはなぜかしら。
「あの砂場、先週トラックが来て、砂を全部とりかえてたわよ。ときどき代えるみたいね」
「じゃ、俺のプレゼントの指輪も、とっくにどこかに行っちゃったってことか」
「みさきちゃんと３人で遊んだこともあったよね」
「おままごとやると、あいつはいつも赤ちゃん役だったから、すねてたよな」
そんな話をしていたら、当のみさきちゃんが児童公園にやってきた。わたしの姿の朝山くんもいっしょに。
「あれ？ かつ…お兄ちゃんとのぞみお姉ちゃん。帰ってきてたんだ」
「プールとデパート、楽しかったわよ」
「みさきたちは、今日はどうしてたんだ？」
「ふたりで町中をまわってきたの。昔通ってた小中学校とか、青空公園とか、景色のいい坂道とか」
「思い出の場所ばかりだったから、輝一に戻ったような気分よ」
朝山くんが、ひそひそ声でわたしにささやくと、今度は広瀬さんに向き直った。
「広瀬さん」
「桂木さん？」
「わたしも、広瀬さんとおはなししてもいいかな」
「……輝一はどう？」
広瀬さんは少し戸惑いながら、わたしの顔色をうかがう。
「いいよ。ふたりっきりで話してくれば。みさきもそれでいいか？」
「もちろん」
わたしとみさきちゃんは、ふたりを公園の入り口から遠目で見てる。
「あっ、ブランコに乗ってるよ」
「なに話してるんだろう。わたしよりももっと親しい話かな」
「のぞみお姉ちゃん、すごく懐かしそうな顔してるよ」
「あれが朝山くんと話してるときの顔なんだろうな」
「お兄ちゃんも、ほんとうにうれしそう」
「そうでしょう。ひさしぶりにふたりっきりなんだから」
入れ替わってから、こんな表情の朝山くん、見たことがなかった。広瀬さんに冷たくあしらわれていたころの、淋しい顔とは全然違う。ううん、もともとの綾音だって、したことのない表情だと思う。
広瀬さんが、ほんのちょっぴりだけうらやましくなった。
「あのふたり、これからもいっしょなんだよね」
「ああ。これで俺たちも、心置きなく転校できそうだな」
「お兄ちゃん……」
みさきちゃんは、わたしのほうを向いて言った。
夏の長い日も、もうすぐ終わり。
夕陽に照らされた広瀬さんと綾音のために、この場で時間を止めてあげたかった。
（第１８回「最終日 月曜日」に続く）
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