※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第１６回「２５日目 月曜日〜３０日目 土曜日」〜
作：こうけい
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１ 朝山くんに代わってお礼言っとくね。どうもありがとう ▼
月曜日の朝。登校前、いつものように男子制服に着替えたわたしは、廊下でばったりみさきちゃんに出会う。
「おはよう、みさきちゃん」
「お誕生日おめでとう」
なぜか、いきなり、そう返された。
わたしの誕生日、６月１０日よ。もう過ぎちゃったんだけど。
「今日は７月１４日。お兄ちゃんのお誕生日よ」
あっ、そうか。朝山くんの誕生日ね。言われてみれば、前にみさきちゃんに聞いたような気がする。
「プレゼントあげるね」
「えっ？ わたしがもらっていいの？」
「今は桂木先輩がお兄ちゃんでしょ、もらえるものはもらえばいいじゃない。それに、戻れなかったらずっとお兄ちゃんじゃないの」
「あっ、そうか……」
もとに戻れる方法の見当もつかないまま、あと１週間で転校だ。そのことを思い返すと、目の前が暗くなっていく。
「ごめんごめん、ジョークよ。最初で最後の誕生日プレゼントになるといいね。はいっ」
みさきちゃんはニコッと笑いながら、リボンのかかった包みを手渡した。
「開けてみるね」
「どうぞどうぞ」
「わあっ、マグカップだ」
女の子のイラストが描かれた、大きめのマグカップだった。
「この女の子、お兄ちゃんが好きなマンガのキャラクターなんだよ」
「へえ、知らなかったな。朝山くん、元に戻ったら喜ぶだろうな」
「一応、元に戻ることを前提に探してみたの」
「じゃあ、朝山くんに代わってお礼言っとくね。どうもありがとう」
「どういたしまして」
そして学校。昼休み、廊下を歩いていたら、綾音の声に呼び止められた。
「ねえ、朝山くん」
「えっ」
振り返ると、わたしの姿の朝山くんがいる。
「もうっ、昨日の約束は終わったんだから、桂木さんでいいでしょう」
「でも、輝一の誕生日の用なのにそう呼ぶのは変だよね」
「確かにそうね」
ひと気のない階段下へと移動する。
「朝山くん、お誕生日おめでとう。はいこれ、プレゼントよ」
朝山くんの手のひらから差し出された包みは、小さな箱に見えた。
「開けてみるね……わあ、オルゴールじゃないの！」
鳴らしてみると、わたしの好きな歌のメロディーが流れた。
「よくわかったわね？ この歌がわたしのお気に入りって」
「俺が桂木さんになって部屋に入ったとき、ステレオのＣＤプレイヤーに入ってた歌だよ。お気に入りなのかなって思って、３軒お店をまわって探したんだ」
「どうもありがとう。輝一へのプレゼントっぽくはないけどね」
「わかってた。これからずっと輝一でいるとしても、桂木さんらしい気持ちを忘れないでいてほしいんだ」
「その気持ち、ありがたく受け取ったわ。そして、わたしからも、おめでとう朝山くん」
「ありがとう桂木さん。来年の６月１０日は、輝一の俺からプレゼント渡したいぜ」
「そうできればいいんだけどね」
わたしは不安をふっきるように笑う。
「あと俺、今週からピアノのレッスンに通うんだ。だから悪いけど、放課後逢えなくなる日が多いかもな」
去りしなに、朝山くんがささやいた。
「わかった、がんばって」
元に戻るチャンスが減るのは残念だけど、これも綾音のためだ。
▲ ２ なんだかんだ言っても輝一には甘いんだ ▼
放課後、早めに家に帰ってみたら、門の前になじみのある姿が見えた。
広瀬さんだ！
今日は学校で逢えなかったから、わたしにプレゼントを渡すために家まで……？
悪いわね、本当に。
「のぞみ。どうしたんだ？」
「ねえ、輝一。ちょっといいかしら？」
あれ、広瀬さんの口調、厳しめだ。誕生日を祝うって感じじゃない。
「本当に、どうしたんだよ？」
「長くなるかもしれないけど、輝一に尋ねたいことがあるのよ」
多分、綾音のことだろう。おとといの校舎裏の事件を見てればわかる。
「みさきちゃんから、今日はお父さんお母さん遅くなるって聞いたの。児童公園まで行って、話し合いましょう」
広瀬さんはわたしの手を引っ張って、ずんずんと歩きはじめる。
「ちょっと待って、俺、心の準備ができてないよ」
「あっそうか、こちらの用も済ませておかないとね」
不意に立ち止まる広瀬さん。声もおだやかになった。
「輝一、お誕生日おめでとう。プレゼントよ、じゃーん」
広瀬さんは通学カバンから、お弁当箱よりちょっと大きめくらいの四角い包みを取り出した。
やっぱり、こっちの用もあったんだ。
「ありがとう。開けてみるね」
リボンをほどいて中身を取り出すと、目覚まし時計。
「もうひとつ時計を増やせば、輝一の朝寝坊も直るんじゃないかって思ってね」
「どうもありがとう。さすがのぞみだよ。これで起きられなかったら、一生起きられないんじゃないかな、俺」
これなら、本物の朝山くんにも役に立つこと間違いなしね。
広瀬さんとわたしは、家の近所の児童公園まで歩いた。
長い夏の昼も、そろそろたそがれ時。
ヒグラシゼミ、そして早くも秋の虫の声がどこからか漂ってきた。
わたしは覚悟を決めて、広瀬さんの言葉を待った。
「輝一。心の準備はできた？」
「ああ」
「じゃあ、お願いだから正直に答えて。桂木さんのこと、どう思ってるの？」
やっぱり、綾音のことだった。
「どうっていわれても、お友達かなあ」
「お友達？ 違うでしょう！ そんな関係には見えなかったわよ。正直に答えてって、言ったじゃないの」
だめか。広瀬さんに、ごまかしは通用しない。
だからといって、俺は桂木さんとデートする仲なんだ、なんて言えないじゃないの。ましてや、入れ替わってるなんて。
「でも、違うんだよ。俺と桂木さん、恋人どうしとかそういうんじゃないんだよ」
「そんなのわかってるわ。当たり前じゃない」
へ？
ちょっと肩透かしをくらった気分。
土曜日の校舎裏のときは、綾音と輝一が恋人だと思いこんで朝山くんを問い詰めていたように見えたけど……。
「わたしね、あれから桂木さんの問題が単純じゃないって気づいて、昨日一日考えたの。彼女が見え透いた嘘までついてはぐらかすのは、何か秘密にしたい事情があるからよ」
「秘密にしたい事情、か……」
確かに、大きな秘密はあるわね。見え透いた嘘かはともかく。
「それで思ったのよ。彼女、きっと何か大きな悩みを抱えてる。だけど、それを他人に知られたくないから、秘密にしようと必死なんじゃないかって。ほら、桂木さんって優等生だから、プライド高くて、他人の力を借りたがらないところあるでしょ？」
「ああ、いえてるかも」
今の朝山くんの綾音も、もともとのわたしの綾音も、そうかもしれない。
「輝一にも似てるかもね、優等生ってところは違うけど」
「あはは、そうかもね」
「だから、わたしにできることだったら、彼女を手助けしてあげたいの。わかるでしょ？」
「ああ」
「輝一、桂木さんについて、何か気になることがあったら教えてほしいの。輝一自身のためにもなるかもしれないしね」
なるほど。広瀬さん、意外と下手に出たわね。
こうなると、わたしもあのことを言わないわけにはいかなくなってくる。
「そのことなんだけど、桂木さん、のぞみのこと気にかけてるんだよ」
「えっ？」
わたしは、昨日のデートで朝山くんが言ってたことを、「桂木さんのこと」としてできるだけ事細かに広瀬さんに伝えた。
「最近は、俺と話をしてても、広瀬さんならこうだとか、広瀬さんとお出かけしたいとか、よく口に出すんだ」
「そっか。桂木さん、意外とわたしに関心持ってるのね」
「校舎裏の一件でも、仲直りしたいって言ってたぞ」
「えっ、輝一もあれ聞いてたの！？」
今のひとことで、広瀬さんの目の色が変わった。
しまった。口が多すぎたかしら？
「じゃあ輝一も、桂木さんが、俺が本当の輝一だとか言ってたの覚えてる？ まさか、輝一、桂木さんと入れ替わってるんじゃないでしょうねえ！？」
困った。どうしよう。ダメもとで、開き直るしかない！
「まさか！ 俺は輝一だよ。正真正銘の」
「よろしい！ そうだと思ったわ。桂木さんって、人騒がせよねえ」
ほっ、助かった……。
土曜日のように細かいことを訊かれたら、答えられなくて、入れ替わりがバレたかもしれない。
だけど広瀬さん、なんだかんだ言っても輝一には甘いんだ。
これが彼女なりの、幼なじみへのやさしさなのかもな。
「じゃあね、おやすみ輝一」
「ああ、プレゼントありがとうな」
▲ ３ さあ、特製ディナーをめしあがれ ▼
それからの一週間は、広瀬さんと過ごすことが多かった。
火曜日の放課後、駅前通りで寄り道してたときのことだった。
「おーい、てるかず〜」
「えっ、のぞみ？」
いきなり声をかけられて振り返ったら、大きな紙袋を抱えた広瀬さんがいたのよね。
どうやら通りのスーパー「有方屋」で買い物してきたみたい。
「輝一、この袋持ってよ」
「ええっ？ こんな大きいの」
中身は大根やフランスパンとか、食料品がいっぱいだ。家のおつかいなんだろう。
重くはないかもしれないけれど、結構かさばってる。
「文句を言いなさんな！ 女子が荷物で困ってるときは、運んであげるのが男子の務めでしょう」
そう？ わたしが綾音だったときの音楽部では、女子でも平気で大きい荷物持ったけどな。
でも、ここは素直に言うことを聞いておきましょ。
「はいはい。わかったよ」
「素直でよろしい」
広瀬さんから袋を手渡される。うわっ、バランスがとりにくい。
片手で抱え込んでもう片手で押さえるように運ばないと、フランスパンが飛び出してしまいそうだ。
「がんばってね。あとふたつお店をまわるから」
「ええっ、これで帰るんじゃないの？」
「弱音を吐かないで！」
ふう、ふうっ。
やっと買い物が終わって、近所までやってきた。
わたしは広瀬さんに言われるがまま、紙袋を抱えてビニール袋をふたつ提げている。重〜い。
このまま広瀬さんの家まで運べばいいのかしら。
「輝一、方向違うわよ」
「あれ？ のぞみの家はこっちだろ？」
「この荷物、輝一の家に持ってくのよ」
「えっ？」
「言わなかった？ 今日、夕ごはんつくってあげるって。みさきちゃんから聞いてないの？」
聞いてないわよ。みさきちゃん、言い忘れたのね。
朝山くんのご両親は、引越し先の物件探しとかで、今夜は向こうに泊まり込み。
だから、広瀬さんがごはんつくってくれるのはうれしいんだけど、びっくり。
制服の上にエプロン姿、家庭科の調理実習みたいなかっこうの広瀬さん。
馴れた手つきで包丁をさばき、フライパンを操り、鍋をかきまぜてる。
わたしとみさきちゃんは、見てるだけでいいって言われたんだけど、それじゃうしろめたいから、ちょっとだけ下ごしらえの手伝いをさせてもらった。
「さあ、特製ディナーをめしあがれ」
「わあい、のぞみお姉ちゃん」
フランスパンにコンソメスープ。ほうれん草とブロッコリーのソテーにコーンサラダ。メインディッシュは合挽きハンバーグ、しっかりクレソンが添えてある。デザートのフルーツポンチも広瀬さんの自家製だった。
「おいしいよ、さすがのぞみ」
「さっきの荷物運びで体力使ったから、いっそうおいしいんじゃないの？」
「そうかもね。あはははは」
▲ ４ ほんと、絵って奥が深いわね ▼
金曜日。美術室の前を通りかかると、ちょうど広瀬さんが廊下に立っていた。
「輝一。よかったら、モデルになってくれない？」
「ああ、いいよ」
断る理由がないから、ＯＫする。
「でも、ヌードモデルはかんべんしてくれよ」
「あたりまえでしょ、ちゃんと服着てよね」
美術室に入ろうとしたら、今度は朝山くんが通りかかった。すごい偶然だ。今日はピアノのレッスンのない日みたいね。
「あっ、桂木さん！」
広瀬さんが朝山くんを呼び止める。
「どうしたの広瀬さん。朝山くんもいっしょね」
「今ひらめいたんだ。桂木さんと輝一のふたりを描いた人物画にしようと思うの。対照的なふたりの組み合わせがおもしろいかなってね。桂木さんも、モデルになってくれるかしら？」
「いいわよ。朝山くんもいいよね」
「もちろん」
広瀬さんが何がどう対照的だと思ってるのかはわからないけれど、わたしたち３人がいっしょになるのはいい機会だ。生かさないと。
キャンバスを前にした広瀬さんは、ほかでは見たことがないくらいに真剣だ。この間の料理のときよりももっと。
「輝一、動かないで！」
「桂木さんも、もうちょっと顔上げて！」
ビシバシ注文がとんでくる。わたしもだけど、朝山くんもちょっとうんざり気味。
「これがのぞみだよ。仕方ないさ」
「桂木さん、黙ってて！」
朝山くんが小声でわたしに言うと、たちまち注意される。
小一時間たって、わたしたちはようやくモデルから解放された。
どんな出来になりそうかしら。
ラフスケッチを見せてもらおうとしたら、広瀬さんが悩んでいる。
「うーん、どうしてこうなるのかなあ？」
わたしと朝山くんも、見せてもらってびっくりしたわ。
どのラフスケッチでも、綾音は荒々しくがっしりとした線で大きめに描かれている。
そして輝一は、柔らかな線で小柄に描かれて、まるで綾音に寄り添っているみたいだ。
ふたりとも、実物とはかなり違うんだけど……？
「のぞみ、これって？」
「自分でもわからないのよ。人物画っていうのは写真じゃないから、雰囲気に合わせて実物と似せないで描くってことはよくあることよ。でもね、今回は描いててわたしも戸惑ったわ」
「……」
「何枚描いてみても、輝一が女の子みたいにおしとやかな感じになっちゃうの。それでね、桂木さんのほうを輝一みたいに仕上げると、全体がきれいにまとまるのよ。ほんと、絵って奥が深いわね」
朝山くんとわたし、顔を見合わせてうなずいた。
広瀬さん、絵を通じてわたしたちの秘密を見抜いてる。自分でも気がついてないだけで。
すごい洞察力だよ。
▲ ５ わたし、ヘビになんてなりたくない！ ▼
土曜日。もう後がない。
わたしの体の朝山くんと学校で逢えるのは、今日と来週の月曜日だけ。
放課後、わたしは朝山くんといっしょに、入れ替わり実験をやってもらえそうな子たちを捜し歩いた。ダメもとで、とにかく何かしたかった。
それなのに、今日に限って、後藤さんと弥生ちゃんは部活が忙しくて抜けられないし、本多さんは街の図書館に探し物に行っちゃったっていうし……。
「あら、朝山くんに桂木さんじゃないの」
最後の頼みの綱、天野さんは噴水広場にいた。
何度も下を見ながらきょろきょろしてる。またヘビの抜け殻探しかな。
「天野さんは、男女の肉体が入れ替わる物語に興味ある？」
「男女じゃないけど、身代わり伝説ってのは知ってるよ」
「教えて教えて、早く！」
もう、藁にもすがる思いだった。
「うん、いいよ。そろそろ休憩したかったから。みんな、集合！」
みんな？ それってだれのこと？
そう不思議に思っていたら、天野さんのまわりに３人の女子が集まってきた。それも見覚えのある顔ばかり。
いつかの日曜日にプールで逢った、赤い縁のメガネの女子。
合気道部の部長の３年生。
そして、白百合女子学園水泳部の部長さん。
「わたしたち４人、ヘビの抜け殻捜索隊なのよ」
「どうしてヘビの抜け殻なんかに興味持ってるの？」
わたしは赤縁のメガネの子に質問してみた。
「金運のお守りなのよ、ヘビの抜け殻は」
「へえ、初めて聞いたな」
朝山くんとわたしはシンクロしたようにため息をつく。
「そればかりじゃないよね。みんな、このふたりに身代わり伝説を話してあげようよ」
「そうね」
合気道部部長さんがぼそっとつぶやいた。
天野さんが話し始める。彼女らしくない神妙な顔つきだ。
「昔むかーし、このあたりが山だらけだったころの話よ。お給料をもらったばかりの若い娘が、奉公先から実家に里帰りする途中、山道を歩いていたんだって」
「ところが、道に潜んでいた山賊が、娘の後を追ってきたのよ。娘は必死で走ってね、山賊の目をくらませるように林の中に逃げ込んだんですって。すると、彼女の目の前に、大きなヘビが一匹！ 娘は足がすくんで、動けなくなったわ」
白百合女子学園の彼女のハイテンショントークの次は、合気道部部長さんの静かな語り。
「娘の目の前で、ヘビの皮が唐突に破れていったの。その中から出てきたのは、娘のそっくりさん。そっくりさんのほうが林から飛び出したら、さっきの山賊が待ち構えてて、そっくりさんのほうを追っていったんだって。娘の身代わりにヘビが逃げてくれたってことね」
「もとの娘さんのほうは、どうなったのかしら？」
朝山くんが質問すると、天野さんが答えた。
「娘のほうは、ヘビが脱皮したあと、ショックで気絶しちゃったんだって。気がついたら、地面に腹ばいに寝てたの。起き上がろうとしても、なぜか起き上がれなくて、手に力を入れようとしても力が入らなくて、地面を這いつくばるしかできなくて、おかしいなって思いながら体をくゆらせてると……目の前にヘビの胴体が見えたのよ。でね、彼女が腹ばいで動くと、目の前のヘビが動く。彼女が止まると、目の前のヘビも止まる。気味悪くなった彼女、悲鳴をあげようとしたけど、シャーーッ！！！ って音しかたてられないのよぉ」
「じゃあ、そのヘビって、娘自身だったの？」
「そう！ 娘は身代わりに、ヘビになっちゃったってわけ」
「きゃーっ！いやいやいやっ」
わたし、ヘビになんてなりたくない！ 見るのも嫌なのに。
そんな伝説信じたくないよ！
「あはははは、朝山くんって純粋ねえ」
「天野さんも、人をからかうのはほどほどに」
赤縁メガネの子が、釘をさしつつフォローしてくれた。
「だってね、目撃者はいないのよ。娘がヘビになっちゃったら、だれが伝説を残すのかしら？ 娘はね、今のヘビの抜け殻を持ち帰って、無事に実家に着いたそうよ。もちろん大切なお給料も無事だったわ。だから、ヘビの抜け殻は金運のお守りって言われるのよ」
「なるほど、興味深い話だったよ。どうもありがとう」
入れ替わりとはちょっと違うようだけど、伝説は本当なのかしら？
確かめてみようと、わたしと朝山くんも入れて６人でヘビの抜け殻を探す。だけど、てんで見つからなかった。
▲ ６ 彼女といっしょなら、この町の名残を惜しめると思う
ピアノのレッスンがあるからと、朝山くんは先に帰ってしまう。
わたしがひとり校門を出ると、広瀬さんが待っていた。
「ねえ輝一、家も近くだし、いっしょに帰らない？」
「ああ、いいよ」
いつの間にか、わたしは彼女の誘いを断れない体質になっていたのかもしれない。
「目覚まし時計、ありがとな」
まずはプレゼントのお礼をする。
「どういたしまして。ちゃんと起きれてる？」
「のぞみのプレゼントだって意識すると、ぱっちり目がさめるんだよ。不思議だな」
「夕ごはんもごちそうさま。おいしかったよ」
「どういたしまして。機会があったら、またつくってあげるわね」
「買出しの荷物、また俺に持たせる気か？」
「あれはその場の気分よ。神経質にならなくたっていいわよ」
ちょっと質問してみよう。
「のぞみの好きな場所ってどこだ？」
「昔いっしょに遊んだ児童公園。覚えてるでしょ」
「それでか。プレゼント渡してくれたときも、あそこで懐かしそうな顔してたのは」
「そう。でね、わたし思うんだ。桂木さんだけじゃない。輝一も悩みをかかえてるみたいに見えるのよ。違うかしら？」
「……」
確かに悩みはある。元に戻れないまま、もうすぐ転校よ。でも、そのことを広瀬さんに言うわけにはいかないんだから。
「あっ、無理して言わないで。自然に解決すればそれが一番だから」
広瀬さんのほうも、何か言いたげなことがありそうだ。
でも、それをわたしに言わせようとしてるみたいにも見える。
わたしは、思いきって口を開いた。
「ねえ、明日の日曜日、いっしょに出かけない？」
「いいわよ。どこにしようか」
「プールなんてどうかな？ こう毎日暑いとまいっちゃうよ」
「いいわねえ。あっ、そのあとデパートに寄らせて。買いたい洋服あるから」
「いいよ」
広瀬さんとデートか。わたしの知らない朝山くんのこと、教えてもらえるかもしれない。
それに、彼女といっしょなら、この町の名残を惜しめると思う。
「ほんとはね、輝一が誘ってくれるの待ってたんだから」
「なあんだ、そうならそうと、もったいぶらずに言えよ」
「こういうのはね、男のほうから誘うものよ。でもよかった。明日は１１時に駅前ね」
こうして、わたしのこの街での最後の日曜日のスケジュールが決まった。
みさきちゃんのチェックノートでは、朝山くんと広瀬さんが左上の隅でぴったりと重なっていた。
（第１７回「３１日目 日曜日」に続く）
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