※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第１５回「２４日目 日曜日」〜
作：こうけい
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１ あと１週間で戻らないと、一生戻れないんだから ▼
んんん……。ふああああ……。
いま何時かしら。あっ、まだ目覚まし鳴るまで３０分もある。
ふう、まだ余裕ね。
今日はいよいよ、わたしとのデートだ。
そして、朝山輝一としては初めてのデートなのよね。ゆうべ、みさきちゃんがそう言ってた。
自分とデートするなんて、なんともいえない気分。朝山くんも同じ気分だろうな。
でも、ひとつ約束したことがあった。
今日のデートの間はふたりとも、姿に合わせた言葉遣いをすること。
つまり、ふたりっきりのときでも、わたしは自分を「俺」と呼んで、わたしの姿の朝山くんを「桂木さん」と呼ぶ。朝山くんは自分を「わたし」と呼んで、わたしを「朝山くん」と呼ぶ。
今まで、わたしたち、ふたりだけのときは中身に合わせていた。
けれども、デートを約束したときに、朝山くんが提案してくれたの。
「いつ元に戻れるかわからないんだからけじめをつけよう。姿どおりで呼び合うのに慣れたほうがいいよ」
わたしは胸に突き刺さるものを感じながら、ふたつ返事でＯＫした。
いつ元に戻れるかわからないどころじゃないよ。あと１週間で戻らないと、一生戻れないんだから。
とにかく、今日は前向きに、桂木さんとのデートを楽しもう。
「桂木先輩、まだ起きてないの？」
みさきちゃんが飛び込んできた。
ああっ、もうこんな時間！
考え事してるうちに、二度寝しちゃったみたい！
今日の服装は、お気に入りの白いカッターシャツにブルーのスラックス。
ヘアブラシ片手に、みさきちゃんの焼いてくれたトースト１枚かじって、全速ダッシュで家を出る。
はあ、はあ。１１時２分前、なんとか駅前に着いた。
あっ、わたしの姿の朝山くんが、ちょうどバスから降りてきた。
「桂木さーん、こっちだよ」
そう声に出してみて、わたしは自分が朝山輝一だと再確認した。
「おはよう朝山くん、ギリギリでごめんね。もう１本早いバスに乗りたかったんだけど。待ったかしら？」
「ううん、今来たところ」
「そうね。バスの窓から見えてたもの。朝山くんが走ってるのが」
「あははは、見えてたか」
「おねぼうさんね、あなたらしいわ」
なかなかお約束どおりにはいかないようね。
朝山くんの服装は、スカイブルーのノースリーブ。なかなかいいセンスしてる。
「桂木さん、そのノースリーブ、涼しげでいいよね」
「うん、赤いリボンがワンポイントになってるの」
「今日の桂木さん、ちょっぴり大人っぽく見えるよ。かっこいい」
「ありがとう。朝山くんのカッターシャツだってかっこいいわよ」
▲ ２ 女の子に甘えられる快感が、やっと理解できたかも ▼
八台駅から電車で、この間のテニスコートとは逆方向に５駅。
駅から歩いて数分で、遊園地が見えてきた。わたしには初めての場所だ。
「さあ、今日は思いっきり遊ぶぞーっ！」
「朝山くん、最初はなんに乗ろうか？」
言われてわたしは、入り口でもらった案内図を見ながら考える。
「そうだねえ、観覧車！ 桂木さんもいいよな？」
「うん、いいよ」
朝山くんの声のトーンが、なぜかほんの少しだけ落ちたような気がした。
「ほら桂木さん、どんどん上がってくよ」
家々、町並み、点々と散らばる緑。
「あっ、青空高校が見える。俺の家はあっちで、桂木さんはこのあたりかな」
次第に広がるパノラマに、わたしは夢中になっていた。観覧車大好き。
「わたし……じゃないな、綾音は何度も引っ越して中学のときこの町に来たんだ」
「へえ、そうなのね」
「だから、ここからの景色見るの初めてなんだ。すごくおもしろいよ」
「輝一だって、観覧車なんて乗ったの小学生以来なのよ。ずいぶん変わったわね、この辺りの景色も。あの団地、前は工場が建ってたし」
朝山くんの説明に、興味深く耳を傾けるわたし。
「でも俺さ、綾音とか輝一とか言うと、自分なのに他人のことみたいでへんな気分だね」
桂木綾音か朝山輝一か。どっちについて話してるのかときどきごっちゃになる。
「……だけど、入れ替わるってそういうことだと思うの」
朝山くんがぽそっとつぶやいた。
それっきり、高さといっしょに雰囲気が盛り下がっていった。
「あっ、ごめんね。もう大丈夫だから」
観覧車から降りると、朝山くんはまた元気になった。
「今度はあれにしましょ」
「おばけ屋敷か、うん、行ってみよう」
朝山くんとしっかり手をつないで、暗い墓地の中を進んでいく。
わたしの目の前にちょうちんが飛んでくる。いきなり舌を出した！
「うわっ！」
「あ、朝山くん、大丈夫？」
「だ、大丈夫だよ、あははは」
情けなかった。わたしのほうが頼られる立場なのに。
おなかに力を入れて、スラックスのベルトを締め直す。
今度は、背中からぬるっとしたものが伸びてきた。ゾンビだ！
「うわあああっ！」
「きゃああああっっ！！」
わたしと朝山くん、同時に悲鳴をあげる。
次は一つ目小僧だ！
「こわーい、朝山くん、助けて〜！」
朝山くんが綾音の声で、わたしに抱きついてきた。
それでやっと、わたしは自分の立場を自覚できたのだった。
「桂木さん、俺がいれば大丈夫さ」
「朝山くぅん……」
「さあ行こう、背中につかまって」
唐傘おばけやのっぺらぼうが、次々と行く手をはばむ。
けれどもわたしは朝山くんを背中にしがみつかせながら、堂々と歩いていった。
怖くない。怖くないんだ。自分は輝一なんだから。そう自分に言い聞かせて。
「ふう、やっと出口だ」
「よかった。朝山くん、怖かったよー！」
「お、おいおい桂木さん！」
わたしの姿の朝山くんが、なんといきなり泣き出した。演技じゃない。３週間以上も女の子をやってると、こうなるものだろう。
わたしは男物のグレーのハンカチを取り出して、彼女の涙をぬぐってあげた。
「ありがとう、わたしを守ってくれて。最初は不安だったけど」
けろりと元気になって、ぴょこんとはねる朝山くんが、とても可憐に見えた。
わたし、女の子に甘えられる快感が、やっと理解できたかも。
こうして、わたしたちは遊園地を楽しんだ。
輝一として、少しは頼もしくなれたかな？
▲ ３ ふたりとも、綾音と輝一のモザイクなのよね ▼
電車で八台駅に戻ったわたしたち。でも、ちょっとお腹が空いてきた。
「朝山くん、どこかで休もうか？」
「角のケーキ屋さんにしようよ」
おいしいと評判のあの店に、また行ってみたい。そう思ってわたしは答えた。
朝山くんはイチゴタルト、わたしはチョコレートケーキを注文する。
だけど、ちょっと気になった。大須賀くんとデートしたときの朝山くんの言葉が。
「もしかしたら、ファーストフードのほうがよかったかな？」
「ううん。ここがいいよ。おいしいって教えてくれたの、朝山くんだもの」
「あっ、そういえばそうだった」
そうこうしてるうちに、品が運ばれてきた。
「お味はどうかしら……おいしいっ。甘すぎずすっぱすぎずだわ。タルトの歯ざわりもいけてる」
「桂木さんに喜んでもらえてうれしいよ。こっちのチョコレートケーキも程よい甘さだしね」
どうやらわたしは、正しい選択をしたみたい。
「球技大会のときは、お互いおつかれ」
「わたしたち、種目優勝のヒーローとヒロインなのよね」
「ああ。今になって、実感わいてきたぞ」
「わたしもよ、おめでとう」
「俺からも、おめでとう」
わたしたちは、テーブル越しに握手を交わした。
「ところで桂木さん、俺の決勝シュートのとき、目を覆ってたね」
「あっ、見てたの？ そう。輝一が土壇場に立たされてるの、見るのが怖くてね」
「俺は見てたぞ、桂木さんのサヨナラホームラン。今は自分じゃないってわかってても、綾音の活躍はうれしいもんな」
「でも、わたしが打つ直前、広瀬さんも目を覆ってたのよ」
「のぞみが？ それは知らなかったな。ま、Ｃ組が負けそうだから見てられなくなったんじゃないか」
わたしはそれよりも、どうして朝山くんが広瀬さんのほうを見てたかのほうが気になった。まあ、この場じゃ言わないでおこう。
「遊園地、どの乗り物が楽しかったかな？ 俺はやっぱり観覧車だな」
「わたしは最後のメリーゴーランド。あと、おばけ屋敷もうれしかった」
朝山くんの表情が、またちょっと沈んだように見えた。
「……もしかして、桂木さん高いところって平気？」
「実はね、輝一は高いところ、全然ダメなの」
意外だった。今まで朝山くん、そんなそぶりも見せてなかったじゃないの。
「えっ？ そりゃ悪いことしたよ、ひとりで盛り上がっちゃって、ごめん」
「ううん、謝らなくていいの。盛り上がってる朝山くん見てるだけでうれしいし」
「ありがとう」
「それに、自分たちが入れ替わってるんだってこと、あらためて考えちゃったな……」
深刻な空気が漂ってきた。
「姿どおりの言葉を使うって約束、失敗だったかしら」
朝山くんが不意につぶやく。
「どうしてだい？」
「あなたのことを朝山くんって呼んで、入れ替わる前の自分のこと輝一って呼んで、だれが聞いてるでもないのに女言葉使ってるうちに、自分が何者なのかだんだんわからなくなっちゃって。入れ替わっちゃったんだからけじめをつけなきゃって理屈じゃわかってるのに、感覚がついてこなくって」
「うん、俺も、それ感じるなあ」
「ほかのひと相手でもそう思うことあるわ。例えば広瀬さん」
ああ、朝山くんはまた、彼女の名前を出してきた。
「わたしはね、輝一だったころ、それこそ物心ついたころからお世話になってたわ」
「そうだな。俺もこの体になってから、のぞみにだいぶ助けられたもの」
「朝山くんもわかったでしょ、幼なじみの良さが。そりゃあ、言い争いとかもよくしたけど、広瀬さんはいつも輝一のそばにいてくれた。でも、わたしが綾音になってからは、冷たい態度しかとってくれない。わたし、広瀬さんに世話焼かれてる朝山くんを、いつもうらやましそうに見てたのよ」
「そ、そんなところまで見てたんだ。気がつかなかったよ」
「彼女のお弁当、おいしかったでしょ？」
「あっ、うん」
「わたし、綾音になりきって大須賀くんに走ったりしたでしょ。あれって、広瀬さんと遠くなった哀しみをまぎらわしたかったからでもあるのよね。まあ、それは過去の話だけどね」
「なるほど」
「でも、昨日なんて、わたしが輝一ですってはっきり言ったのに、信じてもらえなくて、すごくやるせなくって。仲直りしたいのに……」
「……その話は、今日はやめとこうぜ」
「思うんだけどさ、俺たちが何者かなんて、答え出す必要ないんじゃないかな」
「そう、かもね。ふたりとも、綾音と輝一のモザイクなのよね」
「俺たち、モザイク、か……」
「そもそも、わたしたちなんで入れ替わっちゃったんだろう。あのとき綾音は、どうして輝一にぶつかってきたの？」
「何をいまさら。そんなこと、今はもう、どうでもいいことだろ？」
「そろそろ出ようか」
「うん」
▲ ４ 赤い糸じゃないけど、この高台でつながってる ▼
ケーキ屋を出て駅前に戻る。でも、まだ別れる時間には早かった。
どうしようかと言葉を選んでいたら、朝山くんから言い出してきた。
「ねえ、わたしのお気に入りの場所、ついてきてくれるかしら？」
「うん、もちろんだよ」
わたしが断るはずなんてない。
「こっちこっちーっ」
あれ？ 朝山くんに連れられてきた道、来た覚えがある。
途中から坂を上がって、山道になって……。
「ほら、きれいでしょ」
「本当だ。すごい景色。観覧車とはまた違うね」
そこは、わたしたちの町全体が見渡せる高台だった。
そして確かに、わたしも知っていた場所だった。
「綾音になってから見つけた場所よ。こういう高台だったら、わたしにも平気なの。わたしね、悩みがあって家じゃ落ち着かないときは、ここに来てひとりたたずむんだ。すると、不思議といい方法が浮かぶのよね。秘密の場所なんだけど、朝山くんには教えてあげる」
「……そっか、きみも見つけたんだ、あははは」
わたしはこらえきれずに笑い出した。
「どうしたの？」
「だってここ、俺が綾音だったとき、何年も前から見つけた秘密の高台だもの」
「ええっ、わたしがはじめてじゃないの？ なんだかがっかり」
「でもまあ、“綾音”しか知らない高台ってことには変わりないよな。それに、桂木さん、だれにも言われないで見つけたんだろ、ここ？」
「うん。お散歩してたら、たまたまね」
「これってすごい縁だと思うな。俺たち、赤い糸じゃないけど、この高台でつながってるのかもしれないぞ」
「うふふふ、それっておもしろいね」
▲ ５ 朝山くんの印象がよかったから、わたしへの心配がだいぶ薄らいだみたいよ
「俺も、入っていいのか？」
「ええ、どうぞ。そのつもりなんでしょ」
「見抜かれてたか」
高台から降りてしばらく歩いて、わたしたちは綾音の家にたどりついた。
「でも、今日は桂木さんのママとパパ……」
「大丈夫。今日は朝山くんに逢わせるって、両親には連絡してあるもん」
ママとパパがいるの？ 懐かしいし、逢えるのはうれしい。けれど、今のわたしは男の朝山輝一なんだし、女の子の親の難しさはわたし自身がよく知ってるし……。
「ちょっと、怖いな」
「堂々と、朝山くんらしくしてればいいのよ。さあ入りましょ。ただいまー」
颯爽と入っていく朝山くんの後ろから、わたしは慎重に足を玄関に踏み入れた。
「お、おじゃまします」
とうとう、わたしは綾音の家に戻ってきたんだ。
３週間ぶりに逢う、ママとパパ。
ふたりが居間に並んで座ってるなんて、何年ぶりのことだろう。
そのふたりと向かい合わせで、わたしと朝山くんが座る。なんだか婚約者の紹介みたいだな。
ママもパパも、すごく穏やかな表情だ。わたしの知ってる両親とは、だいぶ違う。夫婦仲が良くなったってことなのね。
おかげでわたしは輝一としての節度を保ちながらも、リラックスして話せた。
そしてママとパパ、わたしのことをちゃんとしたボーイフレンドだと思ってくれたようだった。
「ママとパパ、朝山くんの印象がよかったから、わたしへの心配がだいぶ薄らいだみたいよ」
明るく言いながら、朝山くんはわたしを綾音の部屋に案内する。
綾音への心配を輝一の自分が解消するなんて、ちょっと不思議だけど、でもうれしい気分。
広いベッド、レースのカーテン、整然とされた本棚とクローゼット。
水槽のお魚の顔ぶれはちょっと変わっているけれど、綾音の部屋は元のままだった。
朝山くんとわたしは、綾音のベッドに腰かけてくつろいだ。
「今日のデート、楽しかったね」
「うん。俺、輝一としての自覚がはっきりしてきた気がする」
「わたしも。朝山くんに甘えちゃった」
「秋になって、涼しくなったら、また遊園地行きたいね」
「そ、そうだね……」
わたしは一瞬口をつぐんだ。秋にはもう、この町にはいないんだもの。
「どうしたの朝山くん、行きたくないの？」
「あっ、そうだ、今度は人数を増やしたら？ のぞみといっしょなんてどうかな？」
とっさに、そう言ってしまった。
「広瀬さん？」
「３人で行くといろいろ楽しいし、桂木さんの分のお弁当もつくってもらえるんじゃないかなあ」
本当は、広瀬さんと綾音のふたりで行けばいいんじゃないかって言いたかったんだけど。
「そうか、のぞみ……」
朝山くんは顔をそらして、輝一の言葉でつぶやいていた。
窓の外が、次第に薄暗くなっていった。
「桂木さん、今日はお世話さまでした」
「それじゃ、おやすみなさい朝山くん。また明日ね」
わたしは綾音の家を後にして、バス停へと向かう。
こうして、わたしの輝一としての綾音とのデートは、無事に終わった。
でも、どうしてわたしは綾音の部屋で、広瀬さんの名前なんて出したんだろう。
彼女の名前を聞きたくなかったのは、わたしのほうだったはずなのに。
その疑問だけは、なかなかぬぐえなかった。
（第１６回「２５日目 月曜日」に続く）
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