※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第１４回「１９日目 火曜日〜２３日目 土曜日」〜
作：こうけい
第１３回はこちら
シリーズトップページはこちら
１ 先週のことは、いい夢だったんだ ▲
まだ朝なのに、カーテン越しに強い日差しが照りつける。
とうとう夏本番。
ちょっと早めに目がさめたから、お風呂場でシャワーを浴びてから制服に着替えた。
朝にシャンプーなんて、綾音だったとき以来かも。
「おはよう、朝山くん」
通学路途中で、綾音の声に呼び止められた。もうすっかり元気じゃないの、朝山くん。
「おはよう、桂木さん。体調は大丈夫？」
「うん、今日はもうガマンできるよ」
朝山くんの髪からは、気持ちいいにおいが漂う。
「今日はいい香りだね」
「朝のシャンプーね、新しいのに変えたの」
「へえ、この香りは知らなかったな」
わたしが綾音だったときにも使ってなかったブランドみたい。朝山くんって、香りのセンスあるのかも。
「あれっ、もしかして、朝山くんもシャンプーしてきたの？ においが違うよ」
「うん、暑いときは清潔にしないとね」
「そうね。じゃ、また校内で」
朝山くんがわたしのシャンプーに気づいてくれて、ちょっぴりうれしかった。
予鈴が鳴る数分前、大須賀くんが教室に入ってきた。
肩を落としながら、ふらふらと席につく。
「よう朝山。俺な、今さっき、桂木さんにふられたよ」
朝山くん、昨日言ったとおりに話したのね。
「ごめんなさい、いいお友達でいましょうね、先週までのことは忘れてください、だってさ。デートが失敗したときからずっと、覚悟はしてたけどな」
「昨日、彼女にフォローすればよかったんじゃないのか？」
「しようとしたさ、そしたら午前中で早退だって。……そういや朝山も早退してたな、関係あるのか？」
「ま、まさか、偶然だよ」
わたしはあわてて首を横に振る。
「ああ……先週のことは、いい夢だったんだ」
大須賀くんが空ろに天井を見上げている。
「夢なんかじゃないよ。ふられてばかりのおまえのために、神様が桂木さんの心を動かしてくれたんだと思うぞ」
わたしは精一杯のフォローをしてみた。でも、ある意味真実を言い得てるかもしれない。
「うーん、そうかもしれないな。考えてみたら先週の桂木さん、えらくフレンドリーだったよな。まるで昔からの男友達みたいに」
ギクッ。まさか、バレた？
「だからさ、喫茶店でも調子に乗って、なれなれしくしすぎたのがいけなかったんだよな。朝山の言うとおり、あれじゃ嫌がられて当然だぜ」
ふうっ、びっくりした。
大須賀くんも、それとなく朝山くんっぽさを感じていたなんて。まさか中身が朝山くんだなんて思いもしなかったってだけで。
「ありがとうな、朝山。俺、これからはまた新しい恋を見つけるぞ。応援してくれよ」
「おう、がんばれよ」
大須賀くんがいつになくさわやかな笑顔をつくると、予鈴のチャイムが鳴った。
▲ ２ ミュウちゃんってどうかしら ▼
それからの数日間、わたしと朝山くんは、もとからの親友のように打ち解けていった。
今まで遅れた分を取り戻す以上に、心を通わせたんじゃないかしら。
２限目後の休み時間、外に出てみたときのことだった。
みゅ〜。
妙な声が聞こえてくる。校舎裏のほうからだ。
行ってみたら、朝山くんがいるじゃないの。
地面にしゃがみこんで、ネコをあやしてるみたい。
「あっ、桂木さん」
「なにしてるの？」
「この子ね、先週から出入りしてるんだ。ほーらほら、こっち」
朝山くんが、一切れのハムを手に持ってプラプラさせる。
みゅ〜。
ねだるような鳴き声をあげながら、虎縞模様のネコが寄ってきた。
「ほぉら、召し上がれ」
ハムを落とすと、ネコはあっという間に平らげる。
「おいしかった？」
みゅ〜〜。
「おいしいか。よかった」
「そうだね、わたしにもわかるよ」
この子、本当に朝山くんになついてるように見えた。
「桂木さんもやってみなよ」
「えっ、うん」
わたしは朝山くんからもらったソーセージを手に持って、ネコを呼び寄せる。
「ほらほらこっちもおいしいぞ〜」
みゅ〜。
「うわっ！」
ネコがソーセージに飛びついてきた。わたしは思わず手を離す。
ソーセージをくわえたネコは、今度はゆっくりと食べ始めた。
一瞬びっくりしたけれど、かわいい仕草だ。
わたしはひらめいた。
「そうだ、この子って名前あるの？」
「ううん」
「だったら、わたしが名前つけてもいいかしら？ そうねえ、ミュウちゃんってどうかしら」
みゅ〜、っていう鳴き声が耳に残るのよね。
「ミュウちゃんか、いいね」
朝山くんも気に入ってくれたみたい。
「決まった。あなたはミュウちゃんよ。これからもよろしく」
みゅ〜。
食べ終わったミュウちゃんは、塀をのり越えて消えていった。
「朝山くんって、ネコ好きなの？」
「うん。俺もみさきもネコ派なんだよな。桂木さんもかな」
「まあね。先週からってことは、大須賀くんにも見せたのかな？ ミュウちゃん」
「うん。でもこの子、大須賀とはあまり相性よくなかったみたい。大須賀のえさだと見向きもしないし、しまいにはあいつをひっかこうとするし」
「へえ、難しいものね」
▲ ３ お、俺が弾いてみてもいいかな？ ▼
木曜の放課後、音楽室の前を通りかかった。
ピアノの音が聞こえてくる。知ってる曲だ。
今日は音楽部は休みなはずなんだけど。だれが弾いてるのかしら。
扉を開けたら、ピアノに向かう本多さんの姿があった。
彼女がピアノも弾くなんて知らなかった。
「あら、朝山くん」
演奏が止まる。
「弾いてるの邪魔してごめんね」
「聴いてたの？」
「うん。今の、モーツァルトだよね、ケッヘル３１０のイ短調ピアノソナタ」
「へえ、よく知ってるじゃないの。朝山くんもピアノ弾いてたの？」
「うん。あっ、昔だけどね」
綾音のことを言いそうになって、あわてて取り繕う。
「もう一度弾いてくれるかな、今の曲」
「ええ、いいわよ。整然としたりりしさの中に、哀愁が漂う曲よね」
本多さんはもう一度、モーツァルトを弾き出した。
ガラッ。また扉が開いた。
「あっ、本多さん、と、桂木……じゃなくて朝山くんか」
今度は朝山くんだった。
「ピアノの音が聞こえたから気になったんだけど……悪いことした？ わたし、失礼するね」
「ううん、いいのよ。桂木さんも、いっしょにピアノ聴こうよ」
わたしに言われて、朝山くんも中に入る。
「そうだ、桂木さんも弾いてみたら？ 音楽部でしょ」
本多さんの目が活気を帯びてきた。
「ご、ごめん。わたし、今スランプで、休部中だから」
「そう、桂木さん、いろいろあって大変なんだ」
朝山くんをフォローするわたし。
でも、わたしのほうがむしょうにピアノを弾きたくなってきた。この体になってから、まるで弾いてなかったから。
「お、俺が弾いてみてもいいかな？ でも、せっかく本多さんが弾いてたんだから……連弾なんてどう？」
「いいわよ。モーツァルトの連弾ソナタ、ハ長調ケッヘル５２１なんてどうかしら？」
あっ、それ知ってる。音楽部の去年の演奏会でもやった曲だもの。
「俺が上で、本多さんが下のパートでいい？」
「ええ、どうぞ」
こうして、本多さんとわたしは連弾を楽しんだ。
半月ぶりのピアノ、うれしかったな。前に弾いた曲だから、すぐに感覚が戻ってくる。
朝山くんも、興味深く聴いてたみたい。
「すごいじゃないの朝山くん。そんなに上手なら、音楽部にでも入ったら？」
本多さんが驚きの目でわたしを見てる。
「俺にもいろいろあってね。本多さんだって部活入ってないだろ」
「まあ、そうだけど。それじゃ、今日はありがとう」
本多さんを見送ってから、朝山くんとわたしも音楽室を出た。
▲ ４ 校舎の中で脱皮したんじゃないかなぁ ▼
「あれっ？ 朝山くんと桂木さん」
音楽室の前の廊下で、天野さんとばったり出会う。
なぜか、セーラー服を着た女子もいっしょだった。この制服、見覚えがあるんだけど。
「はじめまして。わたし、白百合女子学園の水泳部部長です。うちの学校のプールが改装中でして、放課後におたくのプールをお借りしてるんです」
そういえば、三上先生からホームルームで聞いたはずだ。他校生が来るから行動に気をつけなさいと。
「それはどうも、となり町からおつかれさま」
さすが白百合女子学園。部長さん、お嬢様学校らしい風格を漂わせている。
でも、天野さんとはちょっとミスマッチな気もするけれど？
「でも、プールを借りてるんならどうしてこんなところに？」
朝山くんが質問した。
「わたしたち、練習の合間にヘビの抜け殻探してるんです」
「彼女もこういうのが好きでさぁ、意気投合しちゃったのよ」
ひゃあ、お嬢様学校とヘビの抜け殻、これもミスマッチね。
わたしもさすがに、抜け殻の話だけじゃ怖がらなくなっていた。
「わたしたち、はじめは校庭で探してたんですけど、この学校は校舎にもヘビが迷い込んでくると聞きまして、もしかしたらと思ったんです」
「そうそう、わたしさ、一度見たのよ、このあたりの廊下に抜け殻が転がってるのを。校舎の中で脱皮したんじゃないかなぁ」
「ええっ？ いやっ！」
校舎内にヘビが？ やっぱり怖い！
「ほんと、朝山くんって臆病ねぇ。抜け殻見たのは先々週かもう少し前の話だよ」
なあんだ。
でも、もしかしたら今日もあったりして？
「その抜け殻、天野さんは拾わなかったの？」
「そのときは、まさかこんなところにって無視して通り過ぎたんだけど、今思えば……」
「残念ですね。もう掃除されて捨てられたのではありませんか？」
部長さんが冷静にコメントした。
「そうかもね。でも、新しいの見つけてやるんだから！」
「ええ、がんばりましょう」
天野さんと部長さんがそろい踏みでガッツポーズをとる。
ヘビの抜け殻探しに燃えるふたりに、わたしたちはすっかり引いちゃった。
▲ ５ どんなに綾音になりきってても、心の底では輝一を忘れないよ ▼
そして金曜日の放課後。
昇降口を出たところで、朝山くんの姿を見つけた。
「あっ、朝山くん。よかったら、いっしょに帰らない？」
向こうから声をかけてきた。もちろん、喜んでＯＫする。
もう、朝山くんと下校するのも３度目だ。それも全部今週になってから。
本当に、わたしたちの関係はこの数日でずいぶん進展した。
でもときどき疑問に思う。それってどういう関係なんだろう。
友達？ ボーイフレンド？ ただの入れ替わり相手？ それとも、自分自身？
「ねえ、明日球技大会だよね」
わたしの声で朝山くんに言われて、はっと我に返った。
「あっ、そうだったね。うちの学校、球技大会が好きだよね」
なにしろ春夏秋冬と、年に４回もやってるんだもの。
「授業がつぶれるから、俺はうれしいんだけど、桂木さんはどうかな？」
「それなら大丈夫、わたしも球技は好きだから」
「桂木さんは何に出るの？」
「バスケット。綾音だったときもバスケだったしね」
「そうか。男女共通の種目っていいよな。俺はソフトボール。輝一のときは野球だったけど、ルールや用具が今ひとつ心配だよ」
「クラスはライバルどうしなのよね」
「仕方ないさ。お互い今の自分のクラスでがんばろうよ」
「うん」
「昨日のピアノ、ふたりとも上手かったよな。俺、感動したよ」
「ありがとう。弾くの久しぶりだったから、ずいぶん間違えちゃったけどね」
「思うんだけど、俺もピアノ習ってみようかな。もとの桂木さんレベルまで上達できるかはわからないけれど、ピアノが上手くなれば、ママとパパの心配も減るんじゃないかな」
思いがけない言葉だった。率直に、うれしかった。
戻れなくて綾音のままでいることを考えても、ピアノを弾けたほうがいいだろう。
でも、それって、朝山くんが綾音のままでいる覚悟を決めたってことなのかしら。
気になるけれど、今は応援しよう。
「やってみなよ。綾音の指だもん、きっと上達早いよ」
「ありがとう。がんばってみるか」
ふたりとも会話に疲れたのか、しばしの沈黙。
すぐ横を歩く桂木綾音を、まじまじと見つめてしまう。
ああ、わたしは、綾音の姿をしたこの少女を、何者だと思っているのだろう。
「ねえ朝山くん、わたしたちって、どういう関係だと思う？」
「どういう関係っていっても……難しいな。大切なひとどうしなのは、間違いないんだけど」
「わかるよ。わたしは朝山くんが大切だし、朝山くんもわたしのこと大切に思ってる。でも、それって輝一の体が大切なの？ 中身の綾音が大切なの？」
「どっちかって言われたって、どっちも大切だし……、俺、今の桂木さんがそばにいてくれると安心できるんだ」
「それって、自分の本当の体がいるからってこと？」
「それもあるけど、それだけじゃないよ」
「じゃあ、綾音として男の子の輝一が気になるってこと？」
「そっちもあるけど、それだけじゃない。でも……それのほかに何があるのか、わからない」
「そっか……変なこときいちゃって、ごめんね」
意味のある答えが返ってきたわけじゃない。それでも、わたしは満足してた。
「俺、たとえどんなに綾音になりきってても、心の底では輝一を忘れないよ。それだけは覚えてて」
「うん」
すごくいい感じだった。
今こそ、デートに誘おう！
わたしの心が、そう呼びかけてきた。
「ねえ、今度の日曜日、いっしょに出かけない？」
「うん、いいよ。どこにしようか」
「遊園地なんてどうかしら」
「うん。楽しみにしてる」
誘いは大成功！
バス停で朝山くんと別れて、わたしはスキップ気分で家へと向かった。
▲ ６ わたしを見た瞬間、目を覆った！ ▼
そして土曜日は球技大会の日。
「Ｃ組の優勝は、輝一の出る種目にかかってるんだからね。がんばりなさいよ」
広瀬さんがそう言って、わたしの肩をたたいてくれた。彼女はバレーボールに出るらしい。
わたしのクラスの男子バスケチームは順調に勝ち進んでいった。
男の子の体だと背が高いせいか、ボールがよく見えて、おもしろいようにキープできる。
大須賀くんのサッカーチームは、早々と敗退しちゃったけれど。
「あと一歩でシュートが出なかったんだ。足を出そうとしたら、『ごめんなさい』って桂木さんの声が聞こえて……。ふられた後遺症だよ。完敗さ」
今週の彼、本当にかわいそうかも。
試合の合間に体育館から出て、Ａ組の出てる女子ソフトボールを観戦した。
あっ、朝山くんが一塁に出てる。走った、盗塁だ！
キャッチャーの送球より早く、朝山くんは二塁に着いた。やった！
でも、アウト。
そうか、朝山くん、ボールがピッチャーの手を離れる前に走り出してたのか。
ソフトボールの離塁アウトルールって、体で覚えてないと難しいわよね。
それでも、Ａ組は勝ち上がった。
女子ソフトボール決勝戦、Ａ組対Ｃ組。
朝山くんにとっては、同級生たちが相手だから複雑な気持ちだろう。
試合は同点のまま最終回、朝山くんに打順がまわってきた。ここで点をとればＡ組の勝ち。
カーン！ 打った、大きい、ホームラン！ 綾音の朝山くんが勝利のヒーロー、ううんヒロインだ！
「やったー！ すごいよ！」
思わず叫んじゃった。まわりのＣ組の生徒が白い目で見てる。
「ご、ごめん、Ｃ組が打ったと思って……この借りはバスケで返すぞ」
そう言いながら、わたしは体育館へと戻っていった。
男子バスケットの決勝もＡ組対Ｃ組。それも、勝ったほうが総合優勝になる計算だ。いやでもプレッシャーがかかる。
そんな試合は終盤まで接戦だった。
「がんばってー！」
客席から、天野さんの声援が飛ぶ。
あっ、弥生ちゃんとみさきちゃんがわたしに手を振ってる。
こっちからは後藤さんと本多さんの声も。
でも、朝山くんはいない。どこかしら。Ａ組の試合なのに。
いけない、よそ見してたら、相手にボールとられてた。
「しっかりー、テルカズ！」
広瀬さんが大声で叫んだ。
わたしは気を取り直して、またボールへと挑む。
そうこうするうちに残り時間はあと数秒。２点差でＣ組は負けている。
わたしにボールがまわってきた。ここからだとスリーポイントシュートか。それともパスして同点をねらう？
そのとき客席に綾音が、ううん朝山くんが見えた。わたしを見た瞬間、目を覆った！
わたしは決断して、シュートを放った。
入った！ 逆転だ！ 直後にホイッスルが鳴った。
Ｃ組の総合優勝だ！ 広瀬さんや大須賀くんたちが、ヒーローになったわたしを祝福してくれた。
でもそれは、本当のわたしのＡ組が優勝を逃したことでもあった。
▲ ７ 入れ替わりたいくらいに輝一のこと想ってるのね！
球技大会は興奮のうちに幕を閉じ、下校の時間。
校舎裏に行ってみると、朝山くんがだれかと話してた。
相手は……広瀬さん！？
なんだか、微妙な雰囲気だ。
陰からのぞくだけにしておこう。
「桂木さん、Ａ組総合２位おめでとう。ソフトの優勝もおめでとう」
「Ｃ組は総合優勝じゃないの、広瀬さんこそおめでとう」
「でもね、あなた最近輝一とずいぶん親しそうにしてるわね」
「ええ。よく話してるけど」
「この間も校舎裏でいっしょにいたわね。音楽室でピアノ聴かせてたこともあったでしょう」
「そうよ、広瀬さん、よく知ってるわね」
うふふ、ピアノ聴かせたのは本当はわたしだけどね。
「でもね、言っておくわ。わたしはあなたよりずっと昔から、輝一の身近にいるのよ」
広瀬さんの顔色、ちょっと険しくなってきた。
「輝一って中学のときテニス部だったでしょう？」
「ええ、知ってるわ」
「でもこのことは知らないでしょう。輝一ね、入ったばかりのころ、やめたいって校内で大騒ぎしたことがあったのよ。退部届を職員室に出しに行こうとして、わたしが必死に止めたんだけどね」
「へえ、そうだったの」
「輝一がやめたいって思った理由、桂木さんにはわかるかしら？」
「女子部員が、スコートでなかったから。今思うと、つまらない理由よね」
「えっ……ふうん、よく知ってるわね。どうせ輝一から聞いたんでしょう」
へえ、朝山くんにそんなことあったんだ。知らなかった。
「じゃ、幼稚園のころのことは？ 輝一ね、わたしの誕生日プレゼントにおもちゃの指輪くれたのよ。知ってる？」
「ま、子供ならありがちなプレゼントよね」
「ごまかさないで！ その指輪、そのあとどうなったか、桂木さんは知ってるかしら？」
「そんなこと聞いてどうするの？ 答えなくたっていいでしょう」
「知らないのね。だったらわたしの勝ちよ。あなたには輝一の心なんてわからないんだから！」
広瀬さん、嘲るようでいて今にも泣き出しそうだ。こんなに荒れた彼女なんて初めて見る。
朝山くんも一瞬だけ悲しそうな顔を見せる。けれど、すぐに落ち着いた。
「……朝山くんと児童公園の砂場で遊んでて、砂の中に落としちゃったんでしょ？ ふたりとも泣きながら夜まで探したそうよ。あの指輪、今でも砂場の底に埋もれてるのかしら」
つり上がっていた広瀬さんの目が、みるみる垂れ下がっていく。
「桂木さん、なんでそこまで詳しいの！？ 輝一のことスパイしてるの？ ストーカー？ 警察に言うわよ！」
「違うわよ。本当のこと教えてあげようか。わたしが、ううん俺が、輝一だからさ」
えっ？ 朝山くん、なんてこと言うの！？ そのことは秘密でしょ！
止めたほうがいいかしら？
けれども、広瀬さんの反応はわたしの想像とは違っていた。
「あはははは、何よそれ！？ 下手な嘘ね」
「嘘じゃないよ！ 俺と桂木さん、３週間前に廊下でぶつかって、体が入れ替わっちまったんだ！ それから俺たち、態度が変わっちまったろ？」
「…………」
「わかってくれるか？ のぞみ……」
「桂木さん！ あなた、入れ替わりたいくらいに輝一のこと想ってるのね！ わかったわ、それじゃ！」
広瀬さんは、不機嫌さをあらわにして走り去っていった。
横にいた、輝一の姿のわたしにも気づかずに。
わたしは、呆然としている朝山くんに駆け寄った。
「か、桂木さん！」
「朝山くん、わたし見てたわ。一部始終を」
「……ごめん、秘密ばらしちまった」
「仕方ないわ、あれじゃ」
「それに、のぞみはまるで信じてないようだし、少しは安心かな」
「ええ、それが救いね」
「明日のデート、どうしよう。朝山くん、それどころじゃない気分かな」
「とんでもない。明日こそ気晴らししなくちゃ。桂木さんもいいだろ」
「うん。駅前に１１時、忘れないでね」
本当言うと、わたしも気晴らししたかったんだ。
輝一としても綾音としても無視できない存在の広瀬さんを、明日だけでも忘れたかったから。
（第１５回「２４日目 日曜日」に続く）
（感想用掲示板はこちら）
（解説はこちら）
戻る
