※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第１２回「１７日目 日曜日」〜
作：こうけい
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１ 男の子として正直なだけだもの ▼
わたしの体の朝山くんが大須賀くんとデートだなんて。お弁当のときとは、比べものにならないくらい心配だ。
綾音の体に、そして朝山くんの心に何かあったらどうしよう。
まさか、綾音が大須賀くんに、あんなことやこんなことを！？ ……なに想像してるのかしら、わたしったら。
駅前で１１時よね。わたしも後をつけなくちゃ。
でもふたりにバレたらまずいわよね。
そうだ、みさきちゃんに相談してみよう。
「そりゃ大変だわ、わたしも協力するわ。変装してみれば？ わたしの服、貸してあげるから」
「それって女装ってこと？」
もともと女の子なわたしが男の体で女のかっこうをするのはへんな気分だけど、とにかくやってみる。
Ｔシャツはもともとの朝山くんのを使うけど、キュロットスカートをみさきちゃんから借りて、タオルで胸をつくってブラジャーをして、下にはサポーターをはいてみた。髪の毛は、朝山くんのお母さんのヘアーピースをちょっと拝借。
どうかしら？ 鏡を見る。似合わない。がっくり。
目の前に映っているのは、キュロットはいてるロングヘアーの変態風な男だった。
やっぱり、今のわたしは男の子のかっこうしか似合わないのね……。
「だったら、わたしもいっしょについていくよ。万が一バレたって、兄と妹のデートです、たまたま目的地がいっしょなだけよって言い訳できるでしょう？」
「なるほど。お願いするわ」
「それに、わたしも本当のお兄ちゃんのこと心配になってきたもの。大スカはいい気味だけどね」
「うふふ、それは言いすぎかもね。大須賀くん、男の子として正直なだけだもの」
でも、朝山くんを本物の綾音と信じてデートするなんて、ちょっぴりかわいそうかも。
▲ ２ 大スカも似合わない言葉使うのね ▼
向かいのビルの時計の針が重なった。だいたい１０時５５分だ。
八台駅前。ぱりっとした綿のカッターシャツを着て、大須賀くんがそわそわしながら壁によりかかってる。かれこれ３０分もああしてるのよね。
「もうすぐ待ち合わせ時間よ。朝山くん、まだ来ないのかな」
「お兄ちゃんって時間にルーズだもの、今日も遅刻じゃないの？」
みさきちゃんとわたしは、歩道橋の階段の陰から待ち合わせ場所を見張っている。
「あっ、大須賀くーん」
来た！ わたしの姿の朝山くんだ。ちゃんと時間に間に合ったじゃないの。
服装は？ 緑のワンピースに、レモンイエローのカーディガン。わあっ、わたしのお気に入りだった服だ。とりあえずはひと安心。
「桂木さん、今行くよ」
大須賀くんが駆け寄ってきた。
「待った？」
「ううん、僕も今来たところだよ」
本当は３０分も待ってるのに、男の人ってどうしてああ言うのかしら。
まあ、わたしたちは１時間も前からここでふたりを待っていたんだけど。
「あははは、僕だなんて、大スカも似合わない言葉使うのね」
「みさきちゃん、失礼よ」
八台駅から乗った電車はけっこう混んでいた。人の陰になりやすいから尾行には都合がいい。
３駅目、隣りの扉から朝山くんたちが降りるのを見て、わたしたちも人をかきわけた。
でも、駅の構内の人ごみもすごくて、朝山くんたちを見失ってしまった。
「うーん、さっそく困っちゃったわね」
「この駅で降りたことは確かでしょう？ デートに使えそうなところでも探してみましょうよ」
駅の入り口に出てる、看板の案内地図を見る。
「めぼしい場所は、この公共テニスコートくらいかなあ」
みさきちゃんにそう言われて、わたしはひらめいた。
「思い出した。この間も朝山くん、大須賀くんとテニス部見てたでしょう。きっと、テニスでデートよ！」
「なるほど、わたしもそう思う。行ってみよう」
みさきちゃんも納得してくれたので、テニスコートへ向かうことにする。
わたしたちもテニスをするわけだから、暑さ対策をとらないと。
途中のコンビニで、食べ物飲み物、そしてサンバイザーとタオルを買う。
駅から１０分くらい歩くと、そのテニスコートが見えてきた。
「あっ、いけない、ちょっと待って」
手前のビルの陰で、みさきちゃんがわたしを止めた。
「ほら、今お兄ちゃんたちが入っていったわよ」
ちょうど今、朝山くんと大須賀くんが受付をすませたところだった。
「やっぱりここに来てたってわけか。桂木先輩、ご名答」
「タイミングもラッキーよね。みさきちゃんのおかげで出会わなくて済んだんだし」
朝山くんたちが中にいることが確認できたんだから、もう焦ることはない。しばらくあたりをうろうろして、あのふたりと時間差をつけてから、わたしたちも受付をくぐった。
▲ ３ これも男子らしいっていうのかしら ▼
「やるわねえ、みさきちゃん」
「現役のテニス部にはかなわないわよ」
わたしにとって久しぶりのテニスなのに、意外とラリーが続く。
みさきちゃんも手加減してくれてるんだろうけど、わたしの体も昔のことを覚えているものなのね。
……わたしの体っていっても、この朝山くんの体って意味なのか、綾音の運動の記憶って意味なのか、どっちにもとれて、なんだかややこしいけど。
そしてわたしは今、久しぶりに女のかっこうをしている。
女性用のポロシャツに、テニス用スコート。
そしてみさきちゃんのほうは、なんとショートパンツ。
レンタルウェア窓口で男女一着ずつテニスウェアを借りて、わたしが女性用、みさきちゃんが男性用を着てるわけ。
「コートが離れているっていっても、念には念を入れたほうがいいわよ」
みさきちゃんが、変装したほうがバレにくいってアドバイスしてくれたの。
アンダースコートのおかげで、わたしのおなかの下のほうも不自然には見えない。胸にはテニスボールをつめてしのいでいる。
陽射しよけと顔隠しを兼ねて、ふたりともコンビニで買ったタオルを頭に巻いている。みさきちゃんは三つ編みをタオルに隠してカムフラージュ。
だけど、周りのコートのひとたちも同じようにしてるから、わたしたちはぜんぜん浮かずに済んだ。梅雨明け間近。雲間から時折夏の陽射しがのぞくこんな日だもの、当然よね。
スコートのすそから太ももに、すうっと風が入ってくると、ちょっぴりだけど女の子に戻ったような気分がした。
みさきちゃん、ありがとう。
そうそう、朝山くんと大須賀くんは反対側の端のコートでプレイしてる。
さすがに、ふたりともこちらをが気にしてる様子はないみたい。
だけど大須賀くん、まるで打ち返せなくてボロボロじゃないの。どうしてテニスなんかやろうとしたのかしら。
「あっ、フォールトしちゃった、桂木先輩、球拾って」
「はーい」
こぼれ球が朝山くんたちのコートのほうへ転がっていった。近づけるチャンスだ。
なあんだ、大須賀くんったら、朝山くんのスコートの中身ばかり見てるじゃないの。そっちが目当てだったのね。
まあ、これも男子らしいっていうのかしら。
それにしても、綾音のスコートか……。うん。いいよ……。
「もしもし、先輩」
背中をたたかれて振り向くとみさきちゃんの姿。いけない、戻るの遅くなっちゃった。
「桂木先輩、なにしてるんですかいったい」
「ご、ごめんなさい」
「まったくもう、自分のアンダースコートの興味を示すなんて」
「わっ、そうじゃなくって、わたしのプレイが気になっただけよ！」
「これも男子らしいっていうのかしら」
▲ ４ わたしの知ってるお兄ちゃんじゃ考えられない ▼
「朝山くんたち、脇のベンチに動いたみたいよ」
「そろそろお昼だもんね。わたしたちも休憩しましょ」
わたしとみさきちゃんもプレイを中断して、遠くのベンチからふたりを見守ることにした。
「あっ、お弁当だ」
「朝山くん、またつくってきたみたいね」
「ひゃあ、わたしの知ってるお兄ちゃんじゃ考えられない。女の子になるとここまで変わるもんなのか」
朝山くんの意外な一面を見て、みさきちゃんびっくりしてる。
「でも、ここからじゃよく見えないわ」
「じゃーん、こんなこともあろうかと持ってきたのよ」
言いながら、みさきちゃんがバッグから双眼鏡を取り出した。
「どれどれ、お兄ちゃん何つくってきたんだろう……へえ、サンドイッチか。きれいにできてるじゃないの」
「わたしにも見せて」
双眼鏡でのぞいてみると確かに、朝山くんのひざのショールの上にサンドイッチバスケットが広げられていた。この間のお弁当とは、だいぶ趣向が違うわね。
タマゴサンド、チーズサンド、ハムサンドが整然と並んで、レタスとパセリが彩りを添えている。
でも、大須賀くんってカツサンドが好きなのよね。
わたしがこの体になってから、彼といっしょにお昼を食べたときに聞いた。
「あっ、大スカがもうひとつの箱開けるわよ」
「すごーい、こっちは全部カツサンドよ。大須賀くん、ふたついっぺんに口に入れてる」
やっぱり、綾音の中身は朝山くんなんだ。大須賀くんの好みをしっかりわかってるなんて。
「見てるとこっちもおなか空くわね」
「そうね、お昼にしましょ」
こちらは行きがけにコンビニで買ったおにぎりだけど、まあいいか。
こうして、朝山くんたちとわたしたちは、それぞれにテニスを楽しんだ。
▲ ５ 頭の中までは変われないんだから ▼
尾行がバレないまま首尾よく、わたしたちは八台駅に戻ってきた。
「朝山くんたち、これからどこに行くんだろう」
「ここからが大詰めよ。がんばりましょ、桂木先輩」
大須賀くんがリードして、ふたりは駅前通りを歩いていく。みさきちゃんとわたしは、人ごみにまぎれながらふたりの背後を追った。
駅前通りからふたつ目の角、朝山くんたちは右に曲がった。
「ねえみさきちゃん、この角のケーキ屋さん、おいしいのよ」
わたしが朝山くんになる直前の日曜日かな、友達と歩いてたら見つけたのよね。
「でもさ、大スカ素通りしたよ」
「あーあ、もったいない」
ケーキ屋さんの陰からのぞいてみると、朝山くんたちは２軒隣りの喫茶店に入るところだった。
「大スカ、つまらなそうな店に入るわね」
「そうでもないわよ、この喫茶店もおいしいから。カップもいいもの使うし。店主さん自身が外国に出向いて仕入れたカップを使ってるんだって」
カップのことは、先週に本多さんから聞いた。彼女はこういうことにも詳しいのよね。
ここでも１０分くらい時間差をつけてから、わたしたちも同じ店に入る。
店の奥のほうのテーブルに、朝山くんたちが見えた。
わたしたちは、ついたてと植え込みをはさんで反対側の席にこしかけた。頭を低くしながら、朝山くんたちの会話に聞き耳を立てる。
「何度でも言うけど、お弁当ごちそうさん。カツサンド、本当においしかったよ」
「そう言ってもらえてうれしいわ。あのカツはね、今朝５時に起きてわたしが揚げたんだから」
へえ、今度は冷凍食品じゃないのね。すごいな朝山くん。
昼休みのお弁当のときと違って、会話がくだけてる。すっかり打ち解けたのね。
「さすが、噂どおりいいコーヒーだな。こういう店なら、暑くてもやっぱりホットだよな」
「うん」
「でも意外だよな、桂木さんもブラックだなんて」
「うん。でもファーストフードのほうがよかったかな」
「あれ？ 桂木さんだったらきっと喜ぶと思ったのになあ。ここってカップもいいもん使ってるんだけどな」
「大須賀くんといっしょなら、気取らないところのほうがいいかなって……あっ、気にしないでね」
そうか、きっと朝山くんらしさがまだ残ってるのね。
運ばれてきたミルクティーを口に運びながら、少し安堵する。
「ところで、昨日の実力テストどうだった？」
「……」
「桂木さんだから、きっといい点数なんだろ」
「だ、だめよ、全然できなかった」
「カムフラージュだろ。そう言ってて、いつもトップクラスなんだから」
「そうだったらいいんだけどね。あーあ、明日発表か」
大須賀くんがからかい口調なのに、朝山くんはかなり不機嫌だった。
「こんなところはお兄ちゃんのままなのね」
アイスティーをストローで吸いながら、複雑な表情をするみさきちゃん。
わたしも、綾音の成績が落ちるのは淋しいけど、どうしようもない。
「またぁ、桂木さんったら謙遜しちゃって。俺は相変わらずの低位置だろうよ」
「ふぅ……、頭の中までは変われないんだから」
「えっ、頭の中？」
「あっ、ああっ、ごめんね、こっちのこと」
「まあいいか、別の話いこうぜ」
大須賀くんだけじゃなくて、ついたて越しのわたしもびっくりした。
入れ替わりの秘密をバラそうとしたのかと驚いたんじゃない。
朝山くんの本音が、ぽろりとこぼれたように思えたから。うれしい驚きだった。
向かいのみさきちゃんも、わたしと同じ表情だ。
頭の中までは変われないんだから。その言葉が、何度もリフレインする。
▲ ６ みさきちゃん、今日はありがとう
会話が進むにつれて、大須賀くんの態度がだんだんと大きくなっていった。
朝山くん、ちょっと引いてる様子。わかるわその気持ち。陰で聞いてるわたしだって不愉快になるもの。
だけど、朝山くんには我慢してほしい。
こういうところで怒るのは綾音らしくない。
それになにより、朝山くんの綾音が大須賀くんを選ぶんだったら、今のわたしが止める権利なんてないんじゃないかって思うから。
そう、いつの間にかわたしも、ふたりのデートの成功を第一に考えていた。
「でも今日は驚いたぜ、桂木さんがこんなにフランクだったなんて」
「……」
「桂木さんって俺なんかには高嶺の花だと思ってたんだよな。それがデートしてみたらすっごく気楽に話せてさ、テニスが下手な俺だけど桂木さんとプレイできてよかったなって思うぜ」
「…………」
「あれ？ 桂木さん、どうかしたの？」
「……え、えっ？ どうもしてないわよ」
「だって、さっきから黙ってばかりじゃないか」
「ごめんね、ちょっと疲れちゃって」
「そんな、まだまだ疲れるなんて早いよ。そうだ、ここはひとつ、ぐぐっと」
「きゃっ！」
カシャン！
朝山くんの悲鳴と同時に、おひやのグラスが倒れる音がした。いったいどうしたの？
「どうして？ 握られるの、いやかな？」
「い、いやとかいうんじゃなくて……びっくりしちゃって」
わたしもびっくりよ。いきなり女の子の手を握るなんて。どうかしちゃったの大須賀くん？
「怖がらなくていいんだよ、綾音。冷えてかじかんだ君の手を、僕があたためてあげよう」
「今、な、夏なんだけど。どうかしちゃったの大須賀くん？」
「でもさ、冷房で冷えてるんじゃないかい」
「えっ、あの、その……ご、ごめん、わたし帰る」
「帰る？ そんな、待ってよ桂木さん」
朝山くんが席を立つ。大須賀くんもあわてて立ち上がる。
「店を出るなら、別なところに行こうよ、ねえ」
「いや、離して、その手を離してよ！」
ガタンッ。
綾音の声での悲鳴に、わたしは思わず立ち上がってしまった。
目の前では、テーブルを離れようとする朝山くんの腕を、大須賀くんがしっかり握って引きとめようとしている。
わたしがいちばん恐れていた光景。
それが、一時停止キーを押した直後のビデオのように、数コマ進んでから止まった。
横目で見ると、打ち合わせたわけでもないのに、みさきちゃんまで同時に立ち上がっている。やっぱり、絶句状態で。
「えっ、……み、さきちゃんに、朝山くん？」
「な、なんだよおまえら？」
言い合ってた朝山くんと大須賀くんも、すぐにわたしたちに気づいた。
「見てたの？ まさか、今日ずっと！？」
「ごめん、……だけど、ふたりのデートがうまくいってほしくて」
「そんな、そんな、信じられない！」
朝山くんは大須賀くんの腕を強引に振りほどいて、駆け足で喫茶店を出ていった。
「おい朝山、どうしてくれるんだよ、せっかくのデートが台無しじゃないか！」
当然というか、わたしたちにおかんむりの大須賀くん。
「でもな、落ち着けよ。レディーにあんな態度は失礼だろ？ もっと節操持てよ」
「そうよ、大スカ」
「うっ、そう言われると痛い」
「それに彼女、角のケーキ屋さんのほうに行きたがってたんじゃないのか？」
「……かもしれねえな」
大須賀くんは、肩を落としながら喫茶店を後にする。背中からブルーブラックのインクをかけられたみたいな陰鬱さを、辺りに漂わせながら。
だけど、みさきちゃんとわたしだって、同じような雰囲気だったにちがいない。
朝山くんに嫌われたこと、間違いなしなんだから。
帰り道、ずっと無言のまま、わたしたちは朝山家の玄関をくぐった。
でも、これだけはわかってる。
みさきちゃん、今日はありがとう。
朝山くんに、こんなに気の利く妹さんがいて、本当によかった。
もしもわたしが本当に男子だったら、それも彼女のお兄さんじゃない男の子だったら、きっと……。
（第１３回「１８日目 月曜日」に続く）
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