※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第１０回「１１日目 月曜日〜１３日目 水曜日」〜
作：こうけい
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１ そんな自慢話につきあう必要ないわよ ▼
「おはよう」
週明けの月曜日。教室の扉を開けると、大須賀くんのまわりに男子の人だかりができていた。
「おっ、朝山！ いいところに来たな」
わたしが目に入ったとたん、大須賀くんの声が１オクターブ上がる。
「な、なに？ いきなり」
「みんな、証人が来たぞ！」
えっ、証人？
「ほら朝山、お前も見てただろ？ 桂木さんが俺に仲むつまじく話しかけてきたところを」
「あっ……！」
昨日のプールでのことだ。
『大須賀くん……っていったわよね』
綾音が……わたしの姿の朝山くんが、大須賀くんを前にして顔を赤らめてるなんて。
あのときの驚きが、よみがえったかのように体内をこみ上げてきた。
目の前が不意にゆらぐ。
思わずしゃがみこんだわたしに、男子たちの注目が集まる。
「みんな見たか、このリアクション。朝山にも心当たりがあるってことだよな」
大須賀くんが言うと、わたしを取り囲む男子たちから低いどよめきの声がもれた。
「ということで、この大須賀様は、ついに桂木綾音の気を引いたってわけだ」
「なんでまったく大須賀なんかに、ちくしょう」
勝ち誇る大須賀くんの声と、男子たちの愚痴とため息が、わたしの頭の中を何度もこだまする。
そのとき唐突に、だれかがギュッとわたしの腕をつかんだ。
「輝一、そんな自慢話につきあう必要ないわよ」
広瀬さんの声だった。同時に、わたしは男子の囲いから引きずり出される。
「情けないわね、あんな連中はほっときなさいよ」
よろめきながら立ち上がったわたしを、きりっとした目で見すえる広瀬さん。だけどその視線はなぜか、優しくも感じられた。
「う、うん」
「ほら、気を取り直して。輝一にいい物あげるから」
「えっ？」
自分のカバンの中を探る広瀬さん。何を突然言い出すのかしら。
「ほら、これ」
カバンから取り出したものは、一枚の絵葉書だった。どこかの美術館の所蔵品らしい、人物画が描かれていた。
「どうして、これを俺に？」
「わたしね、今日はちょっと機嫌がよくってさ。輝一にも、おすそわけ」
「あ、ありがと」
反射的にお礼を言いながら、わたしは絵葉書を受け取った。
▲ ２ 久しぶりね、輝一とこうやって食事するのって ▼
どういう風の吹き回しだろう。今日の広瀬さん、本当に機嫌いいみたいだ。
何かとわたしのことを構ってくれるのよね。先週よりももっと。
休み時間のたびに話しかけてくる。おかげで、大須賀くんの自慢話につきあわなくて済んだ。
美術の時間にわたしの絵の具が足りなくなったら、すっとやってきて、自分の絵の具を分けてくれた。
昼休みに食堂に行ったら、彼女のほうから寄ってきた。
「久しぶりね、輝一とこうやって食事するのって」
テーブル越しに、にっこりとあたたかい笑顔。
広瀬さんと向かい合いながら食事するのって、なんだか照れくさいのに、気分はなぜか落ち着く。
「昔はよく、あなたの家で食べたよね。みさきちゃんもいっしょにさ」
本当はわたしに関係ない思い出話だけど、相槌を打てば話ははずんだ。
朝山くんは今ごろ、何をしてるんだろう？
ふと、疑問がわたしの頭をよぎる。
昨日のプールで、大須賀くんに「また明日ね」って言ってたから、彼と楽しく会話してるのかもしれない。
朝山くんの中身が、ますます女性化するんじゃないかしら。
噂がさらに広がって、綾音の評判がおかしな方向にいっちゃうのも気がかりだった。
「……どうしたの、輝一？ 黙りこくっちゃって」
我に返ると、目の前にはやっぱりあたたかい笑顔があった。
「あっ、大丈夫だよ、のぞみがいれば」
「だったらよかったわ」
うん、広瀬さんといっしょにいれば、心配ごとも忘れられる。そうわたしは確信した。
今はただ、気分を紛らわせたかった。
放課後、わたしが朝山くんの靴箱から黒い通学靴を取り出すと、目の前に広瀬さんが立っていた。
「輝一、今帰りよね」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、わたしといっしょに帰らない？ 家もご近所どうしなんだし」
「えっ？」
広瀬さんといっしょに下校？ 一瞬驚いた。
だけど、今のわたしには誘いを断る理由は何もなかった。
「いいよ」
校舎を出て、校門へと向かう。広瀬さんも後からついてくる。
そのとき、わたしの目の前に綾音の姿が見えた。
昨日以来の朝山くんだ！ 一人で校門に立っている。どうしたのかしら。
「あっ」
朝山くんはこっちを向いたとたん、目を大きく見開いた。
わたしの後ろに広瀬さんがいるのに気づいたのか。
踵を返すように背中を向けて、そのまま立ち去っていく。
「輝一、だれかいたの？」
広瀬さんは綾音の姿に気づいてないみたい。
「……ううん、だれもいないよ」
「じゃ、行きましょ」
広瀬さんと並んで校門を出ると、朝山くんのことは頭から消え去っていた。
▲ ３ そんなの見てないでよぉ、やっぱり輝一ね ▼
通学路。広瀬さんが、わたしの右に並んで歩いている。
入れ替わったあの日には、わたしの体の朝山くんといっしょに帰ったけど、女子といっしょに帰るなんてそれ以来なのよね。
綾音だったころは、よくトリさんたちといっしょに下校してたんだけど。
どんな話題を振ろうか考えていると、広瀬さんのほうから話しかけてきた。
「はっきりしない天気が続くわね。いつになったら梅雨明けなのかしら」
「１週間くらい先だってよ。新聞に書いてあった」
「へえ、輝一も新聞なんて読むんだ」
「あたりまえだろ、俺をみくびらないでくれよ」
新聞くらい読んでほしいな、朝山くん。
そうだ、せっかく朝山くんになってるんだから、もっと広瀬さんのことを知っておかないと。
「ところで、のぞみの誕生日っていつなんだ？」
「５月１２日よ」
広瀬さんは、ちょっと不思議そうな顔をして答えた。
「血液型は？」
「Ｏ型。忘れちゃったの？」
怪訝な口調だ。そうか、幼なじみだから、こんなことは覚えてて当然なんだ。
……まさか、わたしが本当は輝一じゃないなんて、疑ってるんじゃないかしら？
ふいに、いっしょに食事した昼休みの光景が頭に浮かんだ。
「のぞみの嫌いな食べ物ってなんだ？」
「……」
言いたくないのか、わたしの記憶を試しているのか、広瀬さんは黙っている。だったらこっちから言っちゃおう。
「しいたけだろ？」
「……そうよ。つまらないことは覚えてるのね」
思ったとおりだ。
「相変わらずだな。今日のお昼も、しいたけ除けてたよな」
「もう、そんなの見てないでよぉ、やっぱり輝一ね」
「わあ、ごめんごめん」
怒り気味の口調とは裏腹に、広瀬さんの顔色が落ち着いてきた。わたしもひと安心。
それからは順調に会話が弾んだ。
「のぞみ、休みの日とかは何してるんだ？」
「弟たちの世話をしたり、お料理の新しい献立を考えてみたり、あとは絵を描いたりかな」
「のぞみって本当に絵が好きなんだな」
広瀬さんが美術部なことは、綾音だったころから知っていた。去年学園祭で彼女の絵を見たけれど、深みを感じさせる人物画が印象に残っている。
「ええ、どんな仕事についても、絵は一生描いていきたいわね」
「そうか、がんばれよ」
「じゃあね。輝一と帰るのも、結構楽しかったわ」
「俺も。じゃ、また明日な」
お互いの家の近くの交差点で、広瀬さんと別れる。
喜んでもらえてよかった。また彼女と下校したいな。
それなのに、広瀬さんの姿が見えなくなったとたん、朝山くんのことが脳裏によみがえってきた。
さっきの朝山くん、昨日とは全然違う目をしてた。わたしのことが本当に気がかりな表情だった。
わたし、朝山くんに話したいこと、尋ねたいことが、いっぱいあったのに。昨日の真意だって知りたかったのに。
……もしかしたら、朝山くんのほうも話したいことがあって、わたしに下校を誘おうとしたのかもしれない。誘おうとした相手は大須賀くんじゃないはずよ。彼はサッカー部で下校は遅いんだもの。
ということは、広瀬さんと下校しないほうがよかったの？ 朝山くんを傷つけたんじゃないかしら？
不安の暗雲が、わたしの心にたちこめてくる。
ううん、これでよかったのよ。
今のわたしには、広瀬さんのほうが頼りになるんだから。
そう自分に言い聞かせながら、わたしは自宅の玄関をくぐった。
▲ ４ 気づかないうちに、わたしはすごく赤面していた ▼
「俺、桂木さんに呼び出されてるんだぞ」
火曜日の３限目、やっぱりまだ水泳パンツにはなれなくて風邪気味を口実で見学にしてもらった水泳の授業が終わって、教室に戻る途中のこと。
廊下で大須賀くんが、そうさりげなくつぶやいたのだった。
「えっ？ 大須賀、今なんて言った？」
「俺な、今日の昼休みに桂木さんと逢う約束してるんだ」
「どうして？ なんの用で？」
「ふっふっふ、彼女特製のお弁当をいただくことになってるのさ」
「まさか！」
わたしの体の朝山くんが、そこまで大須賀くんのことを？
「今朝な、校門でばったり会って、声かけられたんだ。今日のお昼、いいかしら？ 大須賀くんにお弁当つくってきたの、ってな」
うそ、そんな、どうして！ 朝山くん、本当にどうしちゃったの！？
それに、わたし、桂木綾音が、大須賀くんに愛想よくするなんて！
「どうした、おまえが顔赤くすることじゃないだろ？」
「ち、違うよ！ びっくりしただけだよ、恥ずかしくて」
「恥ずかしい？ 弁当をもらうのが自分じゃないことがか？ ヘンなやつだな、うらやましがったりしないのか？」
「そ、そうじゃなくて！ ……知らない！」
気づかないうちに、わたしはすごく赤面していたらしかった。
上の空で４限目が過ぎて昼休み、わたしは教室の扉に注意していた。
さっと人影がのぞく。
それはまぎれもない、わたしの体の朝山くんだった。
反射的に、大須賀くんが席から立ち上がる。
「大須賀くん、いるかしら？」
「はいはーい、ただいま！」
朝山くんは大須賀くんを廊下に連れ出していく。
話は、本当のことだったんだ！
ワンテンポおくれて、わたしも教室を後にした。
わたしの体の朝山くんのお弁当を大須賀くんが食べることは別に構わない。
けれども大須賀くんが、ううん朝山くんのほうからでも、ヘンな気を起こさないかが心配でたまらなかった。
▲ ５ うふっ、あれ冷凍食品よ
噴水広場近くの植え込みの中。男女が仲むつまじそうに向かい合って座っている。
男子のほうは大須賀くん。そして女子のほうは、わたしの体の朝山くん、というか、わたしじゃないわたしの桂木綾音だ。
そして、わたしは朝山くんの体で、隣の植え込みの木陰からふたりを見守っている。
わたしじゃないわたしが、大須賀くんを前にしてふたつのお弁当箱を広げた。
ひとつは、桂木綾音のお弁当箱。もともとわたしが使っていたものだ。
そしてもうひとつ、ひとまわり大きいお弁当箱が、大須賀くんに差し出された。
「うひゃあっ、すっごくうまそうだな」
「さあどうぞ、遠慮なく食べてね」
「いっただっきまーす！」
大須賀くんは、もう口いっぱいにごはんを含んだ声で言った。
わたしじゃないわたしが、わたしの笑顔で優しく微笑んでいる。
「今朝は３０分早起きして作ったのよ」
「うまいよこれ！！ 俺のためにわざわざ早起きなんて、ほんと嬉しい！」
「卵焼きは、ちょっと形がくずれちゃったかしら」
「いえいえ、食べてしまえばいっしょですよ！」
「でもね、こっちのタコさんイカさんウインナーはうまくできたのよ」
「うん、きれいに切れてる。さすが桂木さん！」
大須賀くんはもうベタほめだ。
わたしから見ても、完璧とはいえないけれど、目の前の桂木綾音がつくったお弁当はよくできていたと思う。
朝ごはんを自分でつくってるとは聞いてたけど、２週間足らずでここまで料理の腕を上げるなんてびっくりだ。
「白身魚のフライはどうかしら？ 揚げたてはきれいだったんだけど」
「文句ありませんよ、今もきれいです。揚げ物も上手ですね」
「ほめてもらえてうれしいわ、どうもありがとう」
すごいよ。わたしもともと揚げ物が苦手だったのに。
そして、……女性体への適応ぶり、怖いよ。
ところがそのとき、わたしの背後から別の声が聞こえてきた。
「うふっ、あれ冷凍食品よ」
声の主、広瀬さんが横からぬっと顔を出す。
「えっ、のぞみ？」
「輝一の挙動がヘンだったから後をつけてきたんだけど、こんなことだったなんてね」
「いきなり来るからびっくりするじゃないか」
「まあいいじゃないの。あのフライ、魚の種類がわからないんだから、自分で揚げてないってわかるわよね」
気がつかなかった。確かに、言われてみればそうよね。
「お茶目なのね、桂木さんは。ま、わたしも冷凍フライにはお世話になってるけど。上の弟が好きなのよ」
広瀬さんはカラリと笑いながら言う。まるで悩みを感じさせないような目で。
「でも、のぞみが来て正直ほっとしたよ」
「桂木さんのお弁当、いい筋してるけど詰めが甘いわよ。大須賀くんのことを思うんなら、もっと栄養のバランスも考えてあげないとね。野菜が足りないわ」
「そうかもね、はははは」
批評はちょっぴり辛口かもしれないけれど、広瀬さんが言うと嫌味には聞こえなかった。
おかげで、わたしの心境はだいぶ和んできた。
わたしじゃないわたしが、わたしの体をした朝山くんに戻って見えた。
相変わらず、大須賀くんと親しそうに会話しているけれど、それもほほえましいわよね。もとの親友同士なんだから。
その翌日、今度はわたしが手作りのお弁当を受け取った。
広瀬さんからだった。
「材料が余っちゃったから、ついでに作ったのよ、ついで。わたしお昼は忙しいから、ひとりで食べてね。食べたら、お弁当箱は洗わないでいいから返してよ」
そんなことを言われたわけで、今日はだれもいない噴水広場前で広げて食べる。
とてもおいしかった。わたしの体をした朝山くんにも、綾音だったときのわたしにもこんなお弁当はつくれない。
そして、口に含むたびに、安堵の気持ちが胸から体全体へとしみわたっていった。
朝山くんとわたしの間の試練も、広瀬さんがいればきっと乗り越えられるはずだ。
（第１１回「１４日目 木曜日〜１６日目 土曜日」に続く）
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