※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第９回「１０日目 日曜日」〜
作：こうけい
第８回はこちら
シリーズトップページはこちら
１ そんな水着があるなんてびっくり！ ▼
今日は日曜日。男の子になって２度目の休日。
大須賀くんとプールに行く約束なんてしちゃったけど、どうしたらいいんだろう？
部屋のタンスを探してみても、水着は学校用の紺の水泳パンツだけ。
第一、胸をさらして外に出るなんて、わたしまだちょっと……。
そうだ、みさきちゃんに相談してみよう！
「ふーん、桂木先輩なお兄ちゃんには、まだ海パンは難しいか」
「うん、できたら……上にＴシャツ着てプールサイドを歩くだけならいいけど」
「服着てると監視員のひとがうるさいかもよ」
「あっ、そうよね。水が汚れるとか……」
「そうだ！ グレコ型水着って知ってる？」
みさきちゃんがぱっと目を輝かせた。
「グレコ型？」
「男性用のワンピース水着みたいなものかしら。入れ替わる前のお兄ちゃん、グレコ型の水着がほしいってよくつぶやいてたのよ」
そういえば、ゆうべ読んでみた朝山くんの男性雑誌に、それっぽい広告が載ってたような気がする。男性向けのレオタードかなって、読み過ごしてたけど。
あれって、グレコ型っていうんだ。
「お兄ちゃん、いつ行っても売り切れだってぼやいてたのよ。だから、今年はきっとこれが流行るって断言してたわね」
「それいい！ わたしもほしい」
そんな水着があるなんてびっくり！ これなら上半身裸にならずにすむわ！
「駅前の運動用品店、わかるでしょ？ グレコ型、ちょうど今日が入荷日よ」
さすがみさきちゃんの情報網、そんなことも知ってるなんてすごい。
「買ってからプールに行けば？」
「うん。それじゃあ出かけるわ」
「でもね、学校の水泳の授業はガマンしてよね」
「はいはい」
そう、わたしが入れ替わってから１週間ちょっとの間、たまたま水泳の授業がなかったのよね。だけど、今週の体育には水泳があるんだ。
まあ、そのときまでには少しは慣れてるかもね。
……慣れちゃう自分にも、怖さを感じるけど。
▲ ２ とにかくこれで、胸をさらさずに ▼
駅前通りの運動用品店。
階段を上がって２階の奥に向かうと、男性用水着売り場だ。
その真ん中に立っている男のマネキン人形が、ワンピースみたいな水着を着ていた。
なるほど、これね。
『本日入荷！ 大人気！ 成人用グレコローマン型水泳着
グレコローマン型水泳着とは、グレコローマンスタイル・レスリングのユニフォームの形状を応用した、新しいタイプの男性用水泳着です。
乳幼児用はこれまでもありましたが、このたび初めて成人用が開発・発売されました。
グレコローマン型水泳着の特長は、胴を保護するため……』
そんなポップがマネキンの横についていた。
みさきちゃんから聞いてメモした朝山くんの身長と胸囲を店員さんに告げる。
「そのサイズでしたら、これが最後の１着になりますね」
なるほど、売れてるわけね。
とにかくこれで、胸をさらさずにプールに入れるんだ。
店員さんから品を受け取ったら、もう１１時５５分。
急いで店を出ると、目の前に大須賀くんが立っていた。
「よお。朝山ならここに来てると思ったぜ」
「どうしてわかった？」
「おまえ、春のころから、新しい水着がほしいって言ってたじゃないか」
そうか、朝山くん、大須賀くんにも話してたんだ。
「さあ、行こうぜ」
この水着、わたしの体の朝山くんには喜んでもらえるのかな？
▲ ３ 胸の上までぴちっと、布地に覆われた感触が走る ▼
男性更衣室。
想像してたほど怖いところじゃないな。
どの人も腰にタオルを巻いて着替えてるから、あまり目のやり場に困らないのよね。
下着や上半身裸ってだけなら、お風呂で経験あるし、学校で体操服に着替えたこともあるから、もう慣れちゃってる。
ブリーフをサポーターにはきかえて、腰のタオルを外したわたしは、ビニール袋からさっき買った水着を取り出した。
「おっ、それがグレコ型水着か」
もう水泳パンツにはきかえた大須賀くんが物珍しそうに注目する。
「大須賀も買ってみないか？」
「お、俺はいいよ、女子みたいで恥ずかしいからな」
わたしも少しだけ納得した。大須賀くんのように思う男子、多いんだろうな。だから、グレコ型水着もなかなか売り出されなかったんだろう。
だけどわたしには、それこそが救いなのだ。
大須賀くんの視線を浴びながら、水着をつける。
胸の上までぴちっと、布地に覆われた感触が走る。
ふうっ。ちょっとだけ安堵感。女の子に戻ったみたいだ。
「お、おまえ、まさか！？」
とたんに大須賀くんがあわてだした。
「この水着初めてだろ？ なのにずいぶん手際よく！ もしかして朝山、女子用水着でもこっそり着てるんじゃねえよな！？」
ぎくっ。こんなところで怪しまれるなんて！
「ち、違う！ こっそりじゃなくて堂々と……あ、そうじゃなくて！ ……俺ってさ、器用だから！」
「おい、静かにしろよ、朝山！」
大声を上げたものだから、まわりから冷たい視線が走って、わたしは赤面した。
そうよね。ただでさえ変わった水着で注目の的なんだから、気をつけなくちゃ。
「……まあいいか、外に出ようぜ」
▲ ４ 朝山も好きものだな ▼
「おおっ、色とりどりの水着をまとった美女たちが！」
鼻の下を伸ばした大須賀くんといっしょに、わたしはプールサイドに出た。
「大須賀のグリーンのパンツもいかしてるよ」
「バカ！ 俺をほめてもしょうがねえだろ！」
だけど、わたしが大須賀くんのパンツをほめたのは本心だった。
グレコ型水着、人気があるせいかほとんどの色は売り切れてて、紺とグレーしか残ってなかったのよね。
さすがに紺だと女子のスクール水着みたいで気まずいからグレーにしたんだけど、やっぱりさえない。今度は、もっときれいな色のがほしいな。
気になったのは、流行ってるはずなのに、わたしのほかにはグレコ型を着てる男のひとを見かけないこと。みんな海とかおしゃれな室内プールとかに行ってるのかしら？
あっ、今すれ違った青のワンピース、すごくきれい。今年の女ものの水着は青系が流行りなのかな？
あーあ、わたしが綾音だったら、あの水着を着てここを歩いてたかもしれないのに。
「朝山も好きものだな、なーに見とれてんだよ」
あっ、大須賀くんの声！ 同時に、後ろからつつかれちゃった。
「お、俺はただ……」
「いいさいいさ、男だったら当然だよな」
そうか、男の子の姿だと、こう思われちゃうのね。
「それじゃ俺はナンパしに行くぜ、おまえもがんばれよ！」
大須賀くんはそう言うが早く、通りかかった女の人にとびついて声をかけていた。
「あれ？ お兄ちゃん」
プールサイドをぶらぶら歩いてると、脇からみさきちゃんの声がした。
「みさき、俺がプールに行くってさっき話しただろ？」
「だけどその水着、一瞬女のひとに見えちゃった。見慣れないから」
そう言われて、ちょっとだけうれしかった。
でも、所詮は男の体形に合わせてつくってある水着。胸をさらさなくてすむっていう気晴らしにすぎないのよね。
「グレコ型水着買えたんだ、よかったね」
「ありがとう。それよりみさきも来てるなんて知らなかったよ」
「わたしだけじゃないわよ。……ほら戻ってきた」
みさきちゃんが指さすほうから、かわいい水着を着た子がすたすたと歩いてきた。……弥生ちゃんだ。腰にフリルのついたピンクのワンピース。
「あっ……朝山先輩！ こんにちは！」
「こんにちは、弥生ちゃん」
「わたしがみさきちゃんを誘ったんです。今日の電解コンデンサーは、水辺がラッキーだって出てたから」
「それって電子部品占いとかいうの？」
「はいっ。占いが当たってとてもうれしいです！」
弥生ちゃんは赤面しながら、わたしに答えてくれた。
わたしが来るってこと、みさきちゃんから聞いてたんじゃないかしら？ なんて詮索は余計だろう。
「弥生ちゃんの水着、とっても似合っててかわいいよ」
「あ、ありがとうございます！」
すると、横から物ほしそうな視線。
「あっ、みさきの水着も似合ってるぞ、それじゃ」
わたしはわき目も振らず、またプールサイドを歩き出した。
腕に子供さんを抱いている、女のひとがいた。よく見たら、三上先生じゃないの！
そういえば先生、水泳部の顧問なのよね。泳ぎも上手なのかも。
「先生、こんにちは」
「あらあ、朝山くん、こんにちは」
「お子さんといっしょですか」
「ええ、そうよ。さっきはあなたの妹さんにも会ったわよ」
「それはどうも」
先生は、もともと糸のような目をいっそう細めながらニコニコ笑っている。
「朝山くん、今日はプールで息抜きかしら？」
「あ、はい」
「じゃあ大須賀くんに伝えておいてね。女の子に手を出してるひまがあったら実力テストの勉強でもしてなさいって」
「あっ、すみません！ わたしも勉強しますから」
大須賀くんのこと言われてるのはわかっていても、反射的にそう答えちゃった。
「あらあ、朝山くんは息抜きしなくちゃ。最近は英語の授業、熱心に聞いてるわね。指名しても正解してくれるし、先生うれしいわよ」
「ありがとうございます」
自分のことだけど綾音のことじゃない。複雑な気持ちだけど、やっぱりほめられるとうれしい。
「転校先でもこの調子でがんばってね」
「あっ、そのことはまだ……」
わたしはあわてて先生の口をおさえようとする。
手続きがあるから、学校では先生にだけは知らせておいたのよね。
「そうそう、秘密だったわね、ごめんなさい」
「あまり大きい声じゃないから、まわりには聞こえてませんよ」
まわりに知ってる顔がいないことを確かめて、胸をなでおろしながら先生と別れた。
「よお、朝山、だれか知ってる顔に会ったか？」
ブラブラと立ってたら、大須賀くんがまた通りかかった。
「三上先生に会ったさ」
「えっ、先生？」
「ナンパする暇があったら勉強しろって、おまえに伝言だよ」
「はあ、さっきすれ違ったときは気づかれずにやりすごしたと思ったのに……」
「さすが先生だよな、しっかりチェックしてる」
大須賀くんは、ひときわ大きなため息をつきながら肩を落とす。
「あーあ、ナンパは１４戦１４敗だし、先生には注意されるし、最悪だよ……お、おい、あれ見ろよ！」
生気がよみがえった彼の目の先には、大きな赤い縁のめがねをかけた女の子がいた。ちょっと恥ずかしげに斜め下を見ながら、白いワンピース水着で歩いてる。
「なあ、いいだろあの子！」
「ま、まあな」
女の子のことになると、本当に熱くなるのよね、大須賀くんは。
「知性で固めた鎧の中に詰め込まれたやわらかい淑やかな心が、今にも弾け飛ばんとばかりに機会をうかがっているんだよ。朝山にもわかるだろ、彼女の出してるオーラが！」
「…………」
黙っているわたしを置いて、大須賀くんは彼女へとすっ飛んでいった。
たぶん彼女、うちの生徒だと思う。
今年の春に、理科室のほうで一度すれ違った気がするのよね。
でも、だれだか思い出す前に、肘鉄を食らった大須賀くんが戻ってきちゃった。
▲ ５ わたしの体の朝山くんが、ぐるぐると回って見える ▼
「とほほほ、１５戦全敗かよ」
「気を取り直して明日学校でがんばれよ」
「ああ、そろそろ帰るか」
すっかり力をなくした大須賀くんをなだめながら、更衣室に戻ろうとしたときだった。
「うふふふふ、マキちゃんもそろそろ上がったらぁ？」
「そうしとくー！ 綾音、手ぇ引っ張ってくれる？」
「うん、はあい」
耳に入ってきたのは、綾音の、本当のわたしの声！
大須賀くんの目の色も、またまた変わった。
「桂木綾音！ やっぱり来てたんだ、俺の大本命！ 今行くよ綾音ちゃん待っててね〜っ！！！」
さっきまでの脱力状態が嘘のよう。まるで“綾音”の声で燃料を補給されたみたいに、大須賀くんは声の方向へ突進していった。
プールから上がったばかりの、わたしの体の朝山くんは、友達のトリさんとマキちゃんにはさまれていた。
――えっ？ これがわたしなの！？
ワイルドなパンサー柄のビキニ。
ボトムで隠れてるところは正面とおしりだけ。両脇はひもだけで結んでる。
トップもものすごい露出、肩も背中もひもしかない。
それでいて胸だけは、谷間を寄せるようになっている。……わたしの弱点を克服してるわ。
トリさんとマキちゃんがふつうのワンピースなのも、いっそう露出を引き立ててる。
でも、わたしだったら、こういう柄はたぶん着ないと思う。
ここまで胸を強調したりもしない。
こんなすごい露出だってしないわ。ビキニを着ることはあっても、腰にパレオを巻いてるはず。
どうして、わたしがこんな……。恥ずかしい！
「あっ、どうもこんにちは桂木さん、そしてトリさんとマキさんでしたね。僕は青空高校２年Ｃ組の大須賀亨です。何度もお会いしてるかと思いますけど、今日こそはぜひお見知り置きを」
となりでは大須賀くんが朝山くんたち相手に熱弁をふるってるけど、わたしにはずっと遠くでのできごとのよう。
目の前のわたしが、わたしの体の朝山くんが、ぐるぐると回って見える。
「綾音ぇ、そんな男たちほっといて、とっとと行こうよ」
トリさんの声だ。
本当のわたしの綾音だったら、トリさんの言うとおりにしていたと思う。
だけど、朝山くんは違っていた。
「……ごめん、わたしちょっと話してたいの」
「へえ、綾音のシュミもわからないわね」
「だったら先に着替えて待ってるからぁ」
トリさんとマキちゃんは去っていった。
わたしの体の朝山くんは、大須賀くんにまっすぐ目を向けて、ちょっぴり顔を赤らめている。
……ちょっと待ってよ！ 桂木綾音が、どうして大須賀くんと？ 嘘でしょう！？
朝山くんとは違う意味で、わたしの顔も赤くなってたと思う。
「大須賀くん……っていったわよね」
「は、はい！」
固くなってる大須賀くん。
「覚えておくわ。明日学校で逢いましょうね」
朝山くんは、トロンとした目を大須賀くんに向ける。これって、もう恋人の一歩手前の目じゃないの！
どうしちゃったの、朝山くん！ 大須賀くんはあなたの男友達でしょ？
「桂木さん、その水着、本当に似合ってますよ！」
「うれしいわ、ありがとう」
朝山くんはもういちど大須賀くんににっこり微笑んで、更衣室へと歩いていった。
▲ ６ 本当はわかってるんだけど、わかりたくない！
「か、桂木さん！ ちょっと待って！！」
わたしは声をふりしぼって、わたしの体の朝山くんを呼び止める。
「朝山くん、なにか用？」
その声に、わたしの背筋が凍りついた。
大須賀くん相手のときとは違う、低くて冷たい声だ。
「ど、どうして、大須賀くんと……！？」
「朝山くんって、広瀬さんとよりを戻したそうね。よかったわ。わたしもね、桂木綾音らしく、男の子と付き合いたくなったのよ」
「でも、本当の綾音はわたしだし……」
「今はわたしが綾音なんだから、わたしの好きにしていいでしょう？」
前にも朝山くんから綾音の声で、こんなふうに怒鳴られたことがある。
でも、あのときと違うことは、朝山くんが自然な女言葉で、綾音の言葉で話してることだった！
「わたしね、女の子としての自覚がはっきりしてきたのよ。昨日だって、お花に水をやりたいって思うようになったわ。今日も、チャーミングな水着を着られて、いっぱい男の子から声かけられちゃって、本当に楽しかった。でもね、さっきの大須賀くんが、いちばんビビッときたのよね」
「だけど、大須賀くんって朝山くんの……」
「わかってるわ。わたしが輝一だったときに友達だったっていうことは。でもね、今のわたしには、彼が好みの異性にしか見えないのよ。理由なんてわからないけど」
「それに、わたしはこんな水着……」
「いいじゃないの、何を着たって。わたしはわたしなりの綾音になりたいんだから」
これが、朝山くんならではの桂木綾音ってこと？
「朝山くんも、そんな弱虫っぽいワンピース水着じゃなくて、男らしく胸を出したらどうかしら？ 広瀬さんに嫌われるわよ、うふふふっ」
えっ？ そんな！ 朝山くんが欲しがってたグレコ型水着じゃないの！
わたしの体になって、考えが変わってしまったのかしら！？
がくがく震えているわたしを前に、朝山くんの話は続く。
「女の脳は、男の脳よりも環境の変化に適応しやすいっていうわね。入れ替わったっていっても脳移植じゃないんだから、わたしの脳は綾音の、女の脳。最近ね、そのことを実感してるわ」
「わた……俺の脳は、男の脳ってことか？」
「そうね。だけど、桂木さんはすっかり輝一の、男の環境に適応してるんじゃないかしら？ ほら、その目つき！」
「えっ……あっ！」
わたしはやっと気がついた。
綾音の――わたしの体の朝山くんの――胸の谷間に、おへそに、腰からおしりへのラインに、ちらちらと目をやっている自分に。
呼吸と心拍数を高めている自分に。
わたしは、怖さでがくがく震えてただけじゃない！
本当のわたしの体に、異性としての興味を覚えているんだ！
ああっ……おなかの下のほうに力が入ってくる。
水着の下のサポーターに何かが押しつけられている。
その何かがなんなのか、本当はわかってるんだけど、わかりたくない！
わかってしまったら、わたしのわたしとしての最後のよりどころが、崩れ去ってしまうから。
……まさか、そんなふうに変化に抵抗するあたりが、男の脳だっていうの！？
「朝山くんも、わたしの水着姿に喜んでくれてるんでしょう？」
「ち、違う、そうじゃなくてっ！！」
朝山くんが、わたしの顔で微笑みかけてくる。
わたしはもう、しどろもどろ。
顔から激しく火を噴きながら、更衣室へ駆け込む。
「やっほー、桂木さんと会話しちまった！ 明日の学校が楽しみだぜ！！」
大はしゃぎの大須賀くんを、横目で見つつ。
（第１０回「１１日目 月曜日〜１５日目 金曜日」に続く）
（感想用掲示板はこちら）
（解説はこちら）
戻る
