※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
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トランス・ラブ
ストーリー
〜第８回「９日目 土曜日」〜
作：こうけい
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１ 輝一らしいわね、素直でよろしい ▼
土曜日。わたしは今日も、寝坊気味に家を飛び出した。
もともと朝山くんはこの起床リズムだったそうだけど、今ではわたしも、慣れてきちゃってるみたい。
予鈴２分前。なんとか教室にすべりこむ。
席に着こうとしたら、
「輝一、おはよ」
広瀬さんのほうから声がかかってきた。それも、おだやかに。
「お、おはよう」
「ねえ、英語の宿題写させてあげようか」
広瀬さん、ずいぶんと機嫌がいい。
やっぱり昨日の雨宿りのことがあったからかしら。
あのあと、ガレージから家まで走りながら、広瀬さんはこんなこと言ってたのよね。
「わたしね、今日は安心しちゃったの」
「どういうこと？」
「最近の輝一、急に態度が冷たくなったでしょう？ なにがあったのかって、わたしすごく不安だったのよ」
「そ、それはすまなかったな」
ぎくっとしながら、生返事するわたし。
「でもね、いっしょに雨宿りできてよかった。輝一がわたしのこと、頼りにしてるってわかったから。それじゃあね！」
「えっ？」
わたしが広瀬さんのこと、頼りにしてる？
逆でしょうって言いたかった。
ガレージに後から来たのも、カミナリでわたしに飛び込んだのも、広瀬さんのほうでしょう？
わたしがそう言う隙もなく、広瀬さんは彼女の家のほうへ別れていっちゃった。
だけど、彼女がああ思っていれば、それでいいんだろう。
そしてわたしも変わったかもしれない。今日はもう、彼女に構われて悪い気はしなかった。
「ありがとう、でも宿題ならゆうべやってあるからいいよ」
わたしはさらりと答えながら、カバンから英語のノートを取り出そうとする。
あら？ あららら？ ノートが見当たらない！
……もしかしたら、部屋の机の上に置き忘れたかも！？
こんな忘れ物をするなんて、綾音らしくない。情けなくなっちゃった。
「……ごめん、俺、ノート持ってくるの忘れた！ やっぱり写させて！」
広瀬さんを拝み倒す。
「はいはい、輝一らしいわね、素直でよろしい」
上機嫌な笑顔を浮かべながら、広瀬さんはわたしに英語のノートを手渡してくれた。
広瀬さんの宿題の答えを、数学のノートの巻末に写そうとしたわたしは、ふと思いつく。
「そうだ、のぞみ、３時間目の数学の宿題やったか」
「あれ難しかったよ。３番はどうしても解けなくて」
みさきちゃんから聞いたとおり、広瀬さんは数学はあまり得意でないようね。
「俺はわかったよ、教えてあげようか」
「意外！ 輝一に数学がわかるなんて」
あっ、朝山くんは数学も苦手だったのね。それは忘れてた。
「でもな、俺だってやるときはやるんだぜ」
「ありがと、それじゃあ休み時間にお願いするわ」
広瀬さんは驚いたけれども、素直にわたしの好意を受け取ってくれた。
わたしならではの“朝山輝一”が、また一歩前に進んだという気がした。
▲ ２ 桂木綾音の横顔が、すごく優しげに見えて ▼
広瀬さんに数学を教えたりと、新しいことに挑戦しはじめている自分。
だけどわたしの中にはまだ、元の綾音に戻りたいという気持ちもしっかりと残ってる。
だけど、朝山くんとはなかなか逢う機会がない。避けられてるのかしら。
木曜日の突風以来、口もきいていないから、なんとか関係をよくしたいのに。
３時間目が終わった休み時間、わたしは大須賀くんと立ち話をしていた。
「おっ、桂木さんがいるぞ」
言われて窓の外に目を向けると、花壇のほうに、わたしの姿の朝山くんが見える。
あれっ、お花に水をやっているわ。まるで、もとのわたしのように。
どういう風の吹き回しかしら。わたしの友達か、みさきちゃんあたりから言われたのかなあ？
「久しぶりだな、彼女が水やってるのを見るのも」
「そ、そうだな。最近見てないよな」
大須賀くんに相づちをうつ。
「いいよなあ、やっぱり桂木綾音には惚れちまうぜ。なあ、朝山」
わたしは答えずに、じっと外を見続けていた。
だけど、なんだか変な気分だ。
朝山くんの、ううん、桂木綾音の横顔が、すごく優しげに見えてたまらなかった。
お花をいつくしむ朝山くん、心から喜んでいるようだ。だれかに言われて水をやってるんじゃないわ。
もとのわたしも、あんな気持ちで水をやっていたはず。それを今は、彼が再現してる。
入れ替わったばかりのころは、綾音の皮に閉じ込められて演技をさせられていたようだった朝山くんが、今日は綾音にどんどん近づいてるように思えた。
そしてわたしは、そんな彼に、ううん彼女に？ なんともいえない魅力を覚えはじめてる。
なんで、どうして、こんな感情を抱いてしまうんだろう？
本当の綾音は、わたしなのに……。
……そうだった！
わたしは正気を取り戻した。朝山くんに話しかけなくちゃ！
けれども、教室を出ようとしたとき、４時間目のチャイムが鳴り響くのだった。
▲ ３ 今日も入れ替わり実験につきあってほしいのよ ▼
４時間目が終わって放課後、朝山くんを探したけど見当たらない。
もう帰っちゃったのかしら。土曜だし、町内で寄り道してるかもしれない。
だったらわたしも下校しようかと、昇降口に向かおうとしたときのことだった。
「朝山くん、ちょっといいかしら」
振り向くと、ロングヘアーにメガネの女子生徒。そう、本多さんが立っていた。
「ねえ、今日の午後はひまかしら？」
ちょっと本多さん、いきなり何の用？ まさか？
「もしかして……いっしょに下校？ そんな、俺たちまだそこまで関係が！」
……思わず男の子しちゃったな、わたし。
「あわてないで。今日も入れ替わり実験につきあってほしいのよ」
な、なあんだ。驚いちゃった。
だけど、朝山くんはもう帰っちゃったみたいなんだけど。
「今日は桂木さんいないよ」
「構わないわ。朝山くんとわたしで入れ替われるか試してみたいから」
「えっ、本多さんと？」
「だめかしら？」
わたしは一瞬考えこんだ。でも、すぐに気がついた。
本多さんとの入れ替わり実験に成功したら、今度は朝山くん相手に同じことをやってみればいいじゃないの！
「とんでもない、やってみようよ本多さん！」
「そう言ってもらえてうれしいわ」
「ところで、今日はどんな実験をするの？」
グラウンドに向かう途中、本多さんに尋ねてみる。
「朝山くんは、テレポーテーションって知ってるかしら？」
「瞬間移動のことだよね。それがなにか？」
「図書室で読んだ本にあったんだけど、目の前に速いスピードで物が迫ってきたときに、人は緊急避難的にテレポーテーション能力を発揮するそうよ」
本多さん、唐突に妙なことを言い出すのね？
「それってどういうこと？」
「１９９２年にアメリカのモンタナ州であったことなんだけど、ある人が山道で車を運転していたら、急カーブを曲がった先に大きな落石があったんですって」
「衝突しちゃうよね」
「ええ。ブレーキも間に合わなくて、このままだと衝突寸前ってときに、不意に意識が飛んじゃったそうよ。そして気がついたら、その人は後部座席に座っていたんですって。運転席は石につぶされてたけれど、後部座席は無事だったので、その人もかすり傷くらいで済んだそうよ」
「ハンドルを手放して逃げたとか？」
「まさか。シートベルトはつけていたのよ。逃げるひまなんてないわ。だから、テレポーテーションじゃないかっていわれているそうよ」
「ふうん、不思議だねえ」
綾音だったころのわたしも、図書室にはよく行ってたんだけど、読む本は熱帯魚やお花の本が多かったのよね。だから本多さんの話は新鮮だった。
「それにね、似たような話は日本の言い伝えにもあるのよ。朝山くんは、身代わり地蔵伝説って知ってるかしら？」
「ううん、聞いたことないな」
「悪者に追われていた村娘が、村はずれのお地蔵さんのお堂の中に逃げ隠れたんですって。そしたら、お地蔵さんが娘に化けて、悪者を引き寄せて逃げてくれたので、娘は無事助かったって言い伝えよ」
「そんなのがあるんだ？ はじめて聞いたな」
「街の図書館の、民俗学の本にあったわよ。いろいろな形で、全国に伝わってるお話らしいけどね」
でも、わたしにはちょっと疑問があった。
「だけど本多さん、今言ったのって両方とも、入れ替わりとはちょっと違うんじゃないかなあ？」
「いいのよ。緊急避難という状況は同じなんだから」
「それでいいの？」
「願望が場合によって、テレポーテーションになったりとか、お地蔵さんが替わりに化けてくれたりとか、違った現象になってくるのよ。わたしたちの場合、入れ替わりたいって思えば、入れ替わり現象が発生するはずよ」
「そんなもんなのかなあ？」
「とにかく、やってみましょうよ。後藤さんやテニス部１年の南さんって子も協力してくれるそうだから」
南さん……弥生ちゃんまで！？
▲ ４ 弱虫だなあ、朝山くんって ▼
「いくよー！」
「朝山くん、心の準備はいいわね」
「ま、まあね……」
そう言いながらも、額からは脂汗がタラタラ。
ここはグラウンドの端。となりでは陸上部が練習中だ。別の角にはテニスコートが見える。
陸上部の後藤さんが手にしているのは、砲丸投げの砲丸。
それも、男子用だからいっそう重い。５キロ以上あるんじゃないかしら。
わたしは本多さんといっしょに、ロープで柱に縛りつけられている。
後藤さんの投げる砲丸が、わたしたちのすぐ横をかすめるときに、緊急避難現象がはたらいて、本多さんとわたしが入れ替わるかもしれないっていうんだけど……。
ちょっと手元がくるったら、わたしたちに命中しちゃうかもしれない。
「大丈夫、ボクにまかせて」って言ってくれてるけど、本当に大丈夫なのかしら。
本多さんにしても、どうしてそんなに落ち着いていられるの？
でもわたしは、もう後には引けない。
後藤さんが投げる構えに入る。
「そりゃぁっ！」
彼女のかけ声とほとんど同時に、わたしの鼻先を黒い影がピュッと通り過ぎる。
次の瞬間、グワッと、鈍い音が。
目を横にやると、砲丸がコンクリートの壁にめり込んで、壁の四方にひび割れが走っていた。
「あっ、い、今のが……」
さっきの黒い影がフラッシュバックして、脚ががくがく震えだす。
「わあ、ナイスコントロールよ、後藤さん！」
本多さんは大喜び。彼女だって今のを見てるはずなのに。
「だけど、入れ替わってないわよ、わたしたち」
「そっか、残念。じゃあ、もう一回いこうか！」
「ええ、お願いするわ」
ちょっとちょっと本多さん！ わたしはもう黙っていられなかった。
「ごめん！ 俺もう限界！ 怖いよ」
「えっ！？ 弱虫だなあ、朝山くんって」
物足りなさそうに、砲丸を地面に置く後藤さん。
そのときわたしたちの目の前に、テニスウェアの女子ふたりが現れた。
「お待たせしました、本多先輩。やっと練習から抜けられました」
「お兄ちゃん、今日は弥生も手伝ってくれるわよ」
みさきちゃんたちの手にはラケットとテニスボールが。ということは、まさか？
「これなら砲丸よりは軟らかいでしょ？ 壁にめりこむこともないし」
本多さん、なんてことを言うの？
「じゃあ南さん、よろしく頼むよ」
後藤さんは笑顔で陸上部の練習に戻っていった。
「お兄ちゃん、男だったら弥生に度胸のあるところ見せてやりなさいよ」
みさきちゃん、わたしの中身は女よ！ わかってるでしょう！
「血液型占いだと、朝山先輩はまるい物がラッキーだそうですよ」
弥生ちゃんがわたしに話しかけてくる。でも、わたしだって雑誌の占い欄くらい読んでるわ。
「あれ？ Ｏ型はまるい物が危険って書いてあったんじゃないかしら？」
「違いますよお、この血液型占いは、ＡＢＯ式とかＲｈ式とかいった血液型の方式にあてはめて占うんです。先輩はＰ式血液型で、わたしはＭＮ式です」
な、なんなのよそれ？
「それじゃあ南さん、お願いね」
「ええ本多先輩。部活じゃなかなかボールを打たせてもらえないから、こういうのってとても嬉しいです」
「それじゃあ、コントロールは？」
わたしはみさきちゃんに尋ねてみた。
「弥生はまだまだね。３球に１球はフォールトだもん」
そんな、どこに飛んでいくかわからないってこと？ だったら後藤さんの砲丸のほうがまだましじゃ！
「よかったわ。そのほうが緊急避難欲求が高まっていいわよね」
本多さんは相変わらず冷静だ。
…………助けて！
辺り一面に散らばった、黄色いテニスボール。
弥生ちゃんの放ったサーブが何球もわたしたちの顔や体をかすめたけれど、奇跡なのか占いが的中したのか、体に当たったボールは一球もない。
放心状態のわたし。本多さんではなく朝山くんの体にいることは確かだった。
「はあ、はあ……１００球打って、入れ替わりませんか」
「ごめんなさいね。わたしの理論、間違ってたかもしれないわ」
さらっと言わないでよ、本多さん。
ああ怖かった。なんて実験だったんだろう。
だけど、元に戻る手がかりのためには、本多さんたちには感謝しないと。
「あれ？ そこのみんな、おもしろそうなことやってるね〜！」
声をかけてきたのは、天野さんだった。
「天野さん帰宅部だよね？ まだ帰らなかったの？」
「違うよ朝山くん、これでもわたしはね、英会話部なんだから」
「でも幽霊部員なのよね」
「もう、本多さんったら痛いところを突くわね」
「天野先輩、今日は何してたんですか？」
「ふっふっふ、実は、ヘビの抜け殻を探してたのよ！」
「いやっ、いやああっ！！ ヘビ怖いですぅ！」
ヘビって言葉を聞いただけで、弥生ちゃんはぷるぷる首を横に振る。
「大丈夫、今日は見つからなかったから。でもね、今度はわたしも実験の仲間に入れてね」
「男の子と入れ替わりたいんだったらどうぞ」
本多さんがさらりと言った。
「ひゃあっ、それは勇気がいるなあ、考えておこうっと。じゃあね！」
天野さんが去って、わたしたちの実験も流れ解散になった。
▲ ５ 桂木綾音もプールに来るらしいぞ
校門を後にしようとしたら、後ろからわたしを呼び止める男子の声が。
「おい朝山、明日は暇か？」
大須賀くんだった。まだ部活中なのか、サッカー部のユニフォームを着ている。
「あ、ああ」
「だったら、プールに行ってみねえか？」
「プール？ 市民プールに？」
「ああ、女の子をナンパしようぜ」
「プールって、水着になるの？」
「あたりまえだろ」
「でも、まだ……」
男の子になってから１週間以上たったわたしだけど、上半身裸の水泳パンツで屋外に出るのには、まだ抵抗があった。
「まだってなんだよ？ 乗り気じゃねえみたいだな。だったら教えてやろうか、桂木綾音もプールに来るらしいぞ」
「えっ、桂木さんが？」
「ああ、放課後の廊下で、彼女が同級生の女子たちと話してるのを立ち聞きしたんだ」
わたしの体の朝山くんが来る！ だったら、行ってみなくちゃ。
「わ、わかった。俺も行く」
「そうこなくちゃ！ じゃあ１２時に駅前通りで待ち合わせな」
大須賀くんにはああ言ったけど、わたしの水着、どうするの！？ 覚悟を決めないと！
（第９回「１０日目 日曜日」に続く）
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