※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
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トランス・ラブ
ストーリー
〜第６回「４日目 月曜日」〜
作：こうけい
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１ 幼なじみ同士で同じなんてうらやましいですよぉ ▼
今日も空梅雨気味。
晴れた空の下、朝山輝一の体のわたしは、まだ違和感の残るスラックスをはいて、まだしっくりこない紫のネクタイをしめて、まだ迷ってしまいそうな通学路を歩いている。
いろいろあった休日も明けて、今日は月曜日。
新しい一週間、どうなるんだろう。
わたしの体の朝山くんとは、言い争いにならずにすむかしら。
みさきちゃんにも言われたけれど、広瀬さんとはうまくやっていけるのかなあ。
そして、元の体に戻れるチャンスは巡ってくるんだろうか。
「朝山先輩、おはようございます」
考えごとをしながら歩いていたら、後ろから聞き覚えのある後輩の声。
「あっ……おはよう、弥生ちゃん」
「先輩、今日のラテラン条約は落とし物に注意ですよ」
弥生ちゃん、またおもしろいことを言い出すんだから。
「それってもしかして、条約占い？」
「ええ。今日発売の雑誌に載ってました」
「弥生ちゃんは何条約なの？」
「わたしはウエストファリア条約です。飛んでくるものに注意って出てますから、部活は気をつけないといけないかな」
「ふーん、なるほど」
「広瀬先輩のネルチンスク条約も落とし物注意ですね。幼なじみ同士で同じなんてうらやましいですよぉ」
「そ、そうだね、それじゃ」
わたしは苦笑いしながら、弥生ちゃんから離れた。
昇降口の靴箱。
ふたに手をかけようとしたら、「桂木綾音」の名前が目に入って、あわてて後ずさる。
……習慣って、なかなか消えないものなのよね。
だれが注目してるわけでもないけど、わたしはばつが悪そうにＣ組の靴箱に急ぐ。
そして「朝山輝一」の箱から出した上靴にはきかえようとしたときだった。
あれ？ スケッチブックが落ちてる……。
ぱらぱらとめくってみると、人物画のラフスケッチが何枚も描かれていた。
どれも男の子のみたい。
そうそう、だれが落としたのかしら、届けてあげなくちゃ。
裏に名前でも書いてないかしら……あった。「２−Ｃ 広瀬 のぞみ」。
広瀬さん！？
▲ ２ 桂木さんに呼び捨てにされる覚えはないわ ▼
わたしはここが自分の教室だと意識しながら、Ｃ組の教室に入った。
自分の席にカバンだけ置いて、大きく深呼吸してから、広瀬さんに歩み寄る。
「あの……のぞみ」
「なによ、輝一」
「これさ、落とさなかった？」
「あーっ！ わたしのスケッチブック！」
広瀬さんはあわててスケッチブックをつかみ取る。
「どこに落ちてたのよ？」
「昇降口だけど」
「あっ……さっき落としたのかも。ま、ありがとね」
彼女の表情が穏やかになってきたので、わたしも胸をなでおろした。
けれども、それは一瞬のことだった。
「ところで、中は見なかったでしょうね？」
「うん、ちらっとだけど」
わたしが答えたとたん、広瀬さんが血相を変えた。
「ひどーい！ 見るなんて！」
「で、でも、だれのかわからなかったし」
「だれのだって、他人のものを勝手に見るのが失礼なのよ！」
「でも、何が書いてあったかなんておぼえてないから」
「そういう問題じゃないでしょ！ だいたい輝一ってさ、いつもそうデリカシーがないんだから……」
広瀬さんの剣幕に、わたしはもうタジタジ。
そのとき、教室の扉のほうがざわついた。
「おっ、桂木さんだぞ」
「朝山に用じゃないのか？ あいつと最近よく逢ってるらしいぞ」
そんなひそひそ声を背に、わたしの体の朝山くんが速足で近づいてくる。
「あっ、朝山くん」
どこかから、やっぱりという小声。
「桂木さん、なんの用なの？」
広瀬さんが低い声で言う。
「朝山くんにちょっとね。これ、落ちてた……わよ」
そう言いながら差し出したのは、青空高校の生徒手帳。
朝山くんの名前と写真がある……ってことは、わたしが落としたんだ！
胸のポケットを確かめる。やっぱりない！
昇降口でぽろりと落ちたのかもしれないわ。
……弥生ちゃんの条約占い、よく当たるわね。驚いちゃった。
「あっ、わた……俺の生徒手帳だ」
「はい、返すね」
「桂木さん、中見なかったよね」
「見てないよ」
ほっとした。
そうよね、もとは自分のだった手帳だもの、好奇心でのぞこうとはしないわよね。
「ありがとう、桂木さん」
「まあ、困ったときはお互い様だから」
笑顔をつくるわたしたちに、広瀬さんが口をはさんできた。
「もうすぐ予鈴よ。用がすんだらさっさとＡ組に戻ってね」
「別にいいじゃないか、のぞみ」
朝山くんが言うと、広瀬さんの声が１オクターブは上がった。
「失礼ね！ 桂木さんに呼び捨てにされる覚えはないわ！！」
「そんな、のぞ……広瀬さん！？」
唖然とする、わたしの体の朝山くん。不意打ちを食らったような驚きの表情だ。
「だったらのぞみも席に戻ってよ！」
わたしもムッとして、広瀬さんを怒鳴りつけた。“桂木さん”のことを失礼と言われたんだもの。
あとで思えば、ちょっと冷静さをなくしてたかもしれない。
でも、女の子どうしって、けんかすると見境がつかなくなるのよね。
「はいはい、そんなこと言ってたら英語の宿題写させてあげないわよ！」
不快感を背中にあらわしながら去っていく広瀬さん。
だけどわたし、ゆうべ宿題ちゃんと済ませたものね。
「ちょっと広瀬さん、待ってよ！」
焦る朝山くん。そこに予鈴の音。朝山くんはあわててＣ組を後にした。
そのときの朝山くんの……綾音の後ろ姿が、いつまでも脳裏から消えなかった。
綾音のヘアスタイルとピンクのリボン、もう完璧にできている。朝山くん、苦労したんだろうな。
だけど今日のそれは、なぜか汚れているように見えた。
そしてわたしも、汚すのに加担したんじゃないかと思えてならなかった。
教室に三上先生が入ってきても、わたしの胸にはやるせなさが残ったままだった。
▲ ３ そういうのは真似ないほうがいいんじゃないかしら ▼
昼休み。朝山くんの体からの早弁の誘惑をなんとかこらえたわたしは、休みになるとすぐにお弁当を平らげて、廊下にたたずんでいる。
「あっ……朝山くん」
わたしの体の朝山くんが、わたしの口調で声をかけてきた。
「もしかしたら、今日も早弁したの？」
「ううん、しっかり我慢したさ。さっき食べ終わったところだよ」
「へえ、輝一の体の欲求に、よく堪えられたわね。すごいわ」
「まあね、どうも」
自分の声でほめられるっていうのも変なことだけど、悪い気分はしない。
「ところで桂木さん、お昼ごはんはどうしたの？」
今度は朝山くんの体のわたしのほうから尋ねてみる。
「わたし、自分でお弁当つくってるの」
「ええっ！？」
女子になって一週間もたってない朝山くんが、お弁当を自分でつくろうって思い立つなんて、びっくり。
「昨日家に帰ってから寝るまで練習して、今朝は５時起きでつくったんだから」
「すごいじゃないの」
「はじめは簡単に、ハムとチーズのサンドイッチだけどね」
「それだけでも立派だよ。俺も、もっと朝山くんらしく早弁したほうがいいのかなあ」
「そういうのは真似ないほうがいいんじゃないかしら、うふふふっ」
「あはははは……」
話しながら、わたしはふと気づく。
だれかが耳をすまして聞いてるわけでもないのに、わたしは朝山くんの、朝山くんはわたしの言葉づかいで話し続けてる。先週は、こんなことってなかったのに。
わたしたちふたりとも、今の体に心がなじんできてるのかしら？
ちょっと怖くなってきた。……少しは、綾音の言葉でしゃべろう。
「ところで朝山くん、今朝はごめんね。せっかく生徒手帳届けてくれたのに、追い出すようなまねをして」
「いいよ。どうせ予鈴だったんだし、しかたないよ」
うん、ふたりとも中身の口調に戻った。
「でも桂木さん、のぞみにもっとやさしくしてくれないかな」
「どうして？ 広瀬さんって、どうもわたしには合わないのよね」
広瀬さんとも仲良くしたほうがいいっていう理屈はわかってるんだけど、いざ顔を合わせるとそうはいかない難しさ。
「そこをなんとか、あいつだっていいところあるんだぜ。こう見えてもあいつとは幼稚園からのつきあいだからな」
「朝山くんって、広瀬さんになにか負い目でもあるの？」
すると、朝山くんは横を向いてため息をついた。
「桂木さんには、幼なじみっていないのかい？」
「う、うん」
わたしは小学校のとき一度引っ越して転校してる。前の町での友達とはそれきりになっちゃったのよね。
「やっぱりな。幼なじみがいないと、理解しにくいだろうな、この気持ち。俺の頭のレベルじゃ、説明しきれないっていうか」
「……」
わたしには、なんて答えたらいいのかわからなかった。
▲ ４ 二兎を追う者一兎をも得ず、か ▼
そのとき、背後から低い声。
「てるかず？ また桂木さんといっしょなの？」
広瀬さん、ムッとした顔だ。
「いいじゃないの、みんな仲良くしましょうよ、ねえのぞみ……さん」
「そんなこと、桂木さんには言われたくないわ」
わたしの体の朝山くんがフォローにまわる。けれども広瀬さんの冷たい一撃。
愕然とする朝山くん。わたしも頭に血が昇ってきた。
なのにわたしは、こんな言葉を発してしまった。
「お、俺だって、桂木さんといっしょにいすぎたって思うぞ、なあ、のぞみ」
わたしは取り乱していたのかもしれない。
朝には広瀬さんを怒らせたから、今度はいい顔を見せたかった。
そんな焦りが、最悪の選択肢を選んでしまったのだろう。
「いきなり態度変えたってだめよ、輝一！」
「朝山くんものぞみもあんまりよ！ もう知らない！」
広瀬さんと、わたしの体の朝山くん。わたしは、ふたりとも怒らせてしまったんだ。
ふたりは互いににらみあいながら、わたしを置いて立ち去っていった。
昨日の弥生ちゃんのアミノ酸占いも、当たっちゃうなんて。
「二兎を追う者一兎をも得ず、か」
いつのまにか、大須賀くんがわたしの前に立っていた。
「三角関係の両角が欠けたともいうかな」
「えっ？」
これって、三角関係っていうの？
わたしと朝山くんとは入れ替わってるからこうなってるんだし、広瀬さんとは……。
「両方にいい顔しようったって無理だぞ。男だったらいつかはどちらかを選ばないとな」
大須賀くんはわたしの肩に手をかけながら、持論の語りに入っていた。
「ま、気を落とすなよ。そのうちほとぼりがさめるだろ。俺なんて、女子にもっとひどいこと言われてるんだからな。女ったらし、ナンパ失敗の帝王、青空高校の悪の枢軸、スカラー電磁波……。それでもめげずに、理想の女子を追い求めてるんだぞ」
大須賀くんの演説はともかく、「三角関係」って言葉は、わたしの中でいつまでもひっかかっていた。
さっき、広瀬さんのことを何度も“のぞみ”と呼んでた朝山くん。
幼なじみだから。それだけなの？
幼なじみをよく知らないわたしだけど、やっぱり気になる。
▲ ５ 見慣れてみればかわいくなるわよ
「あーあ」
放課後。校舎の脇にある花壇を見つめながら、わたしはため息をついた。
たいていの生徒には無視されてる、こじんまりとした花壇なんだけど、わたしが綾音だったときには、よく水をやっていた場所。
お花に水やりをしてる間は、いやなことも忘れることができるのよね。
だけど入れ替わってからは、朝山くんとしての生活に慣れるのが大変で、水をやろうなんて考える余裕はなかった。男の子が花壇なんて行ったら変に思われないかしら、っていう抵抗もあったし。もちろん、わたしの体の朝山くんも水やりなんてしてないはず。
わたしは数日ぶりに、そんな場所に足を運ぶ気になった。今日のような雰囲気から、とにかく逃れたくて。
このところの空梅雨で、お花たちもあまり元気がないみたい。
近くの倉庫から出したジョウロに水をくんで、お花たちにやさしくかけてあげようとしたときだった。
「ちょっと待って！」
鋭い声が、わたしの動きを止めた。
そしてひとりの女子が花壇に身を乗り出してきた。
「今ね、ヘビ見つけたのよ、キミにも見せてあげるから」
「きゃっ、ヘビ！？」
思わず身を引くわたし。彼女ははやる口調で、お花をあちこちかきわける。
「どこかしら？ 音はこっちのほうだったような……」
「あっ、あっ、お花が傷んじゃう！」
わたしはとめようとするけど、夢中ではしゃぐ彼女には手が出せない。彼女の太く一本に編んだロングヘアーが、まるで生き物のように小気味よく動いている。
でも、この髪型には見覚えがあるわね。
「あーあ、見失っちゃったー……そうだ、ごめんね、お花」
ヘビはどこかに行ってしまったみたい。でもすぐに彼女は落ち着きを取り戻して、わたしに話しかけてきた。
「いいよ、大丈夫みたいだから」
幸い、なぎ倒されるほど強くはかきわけられてなかった。
ところが彼女、わたしの顔をじいっと見つめる。
「ところでキミって……見たことあるよね？ そうだ！ 昨日の駅前通り！」
彼女も覚えてたんだ！ わたしのデジャヴュは確信に変わった。
「あっ、俺に声かけて、人違いだって言ってた子！？」
「そうそう、キミも青空なんだ！ 奇遇だね！ わたし、２年Ｄ組の天野みどり（あまの みどり）」
「俺は２年Ｃ組の朝山輝一」
「朝山くんか、よろしくっ」
あけっぴろげな天野さんの性格に、わたしはたちまち引きずられていった。
「ところで、ヘビ見つけたってどういうこと？」
「小さいのが、チョロチョロっと花壇に入ってったのよ」
「うわっ、そりゃ怖いな」
わたしはヘビって苦手なのよね。それに、たいていの子はそうだと思ってた。
「見慣れてみればかわいくなるわよ」
そ、そんなものかしら？
「天野さんって、ヘビ好きなの？」
「うん、小さいヘビって、かわいいでしょ？ このあたりってよく出るのよね」
「そんな、おどかさないでよ、もう」
この学校ができる前、このあたりは山だったって聞いたことがある。
だったらヘビが出ても不思議はないのかもしれない。
結局水やりはできなかったけれど、天野さんと話したおかげで、今日の学校生活の鬱屈が少しは晴れたように思えた。
その夜は、みさきちゃんの部屋に行く気にもならなかった。
朝山くんと広瀬さんの顔が下がってるなんて、わかりきったことだから。
（第７回「５日目 火曜日」に続く）
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