※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
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トランス・ラブ
ストーリー
〜第４回「２日目 土曜日」〜
作：こうけい
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１ 関係が悪くてもがまんして ▼
今日はへんな夢も見ないで、すがすがしく目覚めた。
やっぱり、わたしは朝山くんのベッドの上で、朝山くんのパジャマを着ていたけれど。
朝山くんの体ではじめて登校した昨日。いろいろあったなあ。
お弁当のこと、学食でのこと、弥生ちゃんとの出逢い。
わたしの体の朝山くんとも、うまくいったり、いかなかったり。
部活のことでは、ちょっと無理を言いすぎたかもしれない。
朝山くんの機嫌、今日もまだ悪いかもね。
そんなことを考えながら、朝の通学路を歩いていた。
「お兄ちゃん、男子高校生の生活にはもう慣れた？」
「えっ、うん……」
「なにか考え事してたでしょう？ 桂木先輩なお兄ちゃんと、うまくいかなかったこと？」
わたしは黙ってうなずく。
「そりゃ落ち込むでしょうね。でもね、これだけは覚えといて」
みさきちゃんが、わたしの目をのぞきこんできた。
「えっ、なに？」
「関係が悪くてもがまんして、できるだけ桂木先輩に近づくようにすること。
近くにいれば、元に戻れるチャンスがそれだけ増えるんだから。
じゃ、わたしは先に行ってるね」
「うん……」
わたしが返事しようとする間に、みさきちゃんは駆け足で姿を消していた。
でも、確かにみさきちゃんの言うとおりだ。
ちょっとのことはがまんして毎日を過ごしていれば、わたしはきっと綾音に戻れるはず。
そう信じて、積極的にいかないと。めげずに今日もがんばろう！
▲ ２ いろんな女子と仲良くなってみろよ ▼
昇降口から教室に向かう途中の廊下。
見覚えのある姿が、こっちに近づいてきた。
朝山くんだ！
両隣に、Ａ組のトリさんとマキちゃん。楽しそうになにか話してる。
朝山くん、彼女たちともすっかり打ち解けてるんだ。おとといまでのわたしが、そうしてたみたいに……。
彼女たちとの話に夢中で、こっちを見ようともしない朝山くん。
声をかけなくちゃ。
でも、つい自分のかっこうに目がいく。今のわたしは男子なんだ。
どうしてだろう？ そう意識すると、女子の会話に割り込むのが、気後れしちゃう。
朝山くんたちが真横を通る！
「か、桂木さん、おはよう」
そうひと声出すのがやっとだった。
でも朝山くんは、わたしに反応すらしないで、マキちゃんたちと笑いを交わす。
無視されたんじゃないわよね？
気づかれなかっただけよね？
「うふふふ、そうなんだあっ……」
朝山くんの綾音の声が、耳の奥に何度となくこだまする。
「どうした朝山？ 気分悪いのか？
昨日桂木さんとケンカしたようだな。そのせいか？」
脱力してＣ組の教室に入ると、大須賀くんが声をかけてきた。
なぜか、みさきちゃんと似たようなことを言う。
「まあな。今朝も声かけ損ねたし」
「それにしても気を落としすぎだぞ」
「どうして？」
わたしはちょっと不愉快になった。大須賀くんってデリカシーのないひとね。
わたしたちの事情を考えてよ。
自分の姿の朝山くんに声をかけそびれるって、すごいショックなんだから。
……なんてこと、ここで言えるはずがないんだけど。
「だってな、相手は桂木綾音だぞ。とりまき女が多くて敷居は高いし、ライバルだってあまたいる。いきなりうまくいくって思うほうが間違ってるんだ。
一度や二度挫折したくらいでなんだ！ 俺なんて、もう数えきれないくらい、女子に無視されてるんだからな」
そういえば、綾音だったときのわたしも、大須賀くんから何度か声をかけられてたはず。
はっきりとは覚えてないのは、大須賀くんの言うとおり、無視してたのかも。
そのときは、朝山くんの友達だなんて知らなかったし。
「女子に声かけるってのはな、無視されてもともと、断られて上等だぜ。
とにかく何度でも逢って話しかける。そのうちきっと相手もこちらの顔を覚えて、話に乗ってくれるだろうよ」
大須賀くんの口調がだんだんとたかぶってきた。
「それにだ、桂木綾音だけが女子じゃないだろ？ おまえも、もっといっぱい経験積んだらどうだ？
いろんな女子と仲良くなってみろよ。それが結局は、桂木さん相手の会話にも役立つんじゃないか！？」
熱弁が、ようやく終わった。
落ち着いて考えてみれば、大須賀くんの言うとおりかもしれない。
わたし、男子になったからっていって、悲観的に考えすぎてたんだ。
さっきのみさきちゃんのアドバイスもそうだったけど、目先の反応にとらわれず、あきらめないで繰り返していれば、きっと成果が出るはずなのよね。
楽観的に考えたほうがいいのかも。
「……わかった！ 大須賀、ありがとな」
「おう。友として、そしてライバルとしてがんばろうぜ」
わたしは朝山輝一として、綾音以外の女子とも、もっと親しくなろうと決めた。
▲ ３ もとからの女子で、ボクって言う子 ▼
決意したとはいうものの、いざ行動に移すのは難しいものなのよね。
だれに声をかければいいんだろう。でも、声をかけて失敗したら……。
休み時間に廊下に出たわたしは、目の前を行き交う生徒たちを見ながらため息を繰り返す。
ふとひらめいた。なにも２年生でなくてもいいんじゃないかって。
昨日逢った弥生ちゃんと、また話をしてみよう。
そう思いながら、階段のほうへと向かったときのことだった。
とたんに、目の前がまっくらになった。
「危ない！」
ドサッ！
だれかの声と同時に、わたしははじきとばされた。
まるで、この前と似たような感覚……でも、今度は気を失わずにすんだ。
「……いたぁ……」
目を開けると、体操服姿の女子が立っている。
しりもちをついていたわたしの体は、……朝山くんのままだった。
「ゴメン、ぶつかっちゃった。大丈夫？」
「うん、たぶんね。……いたたたた」
わたしはゆっくりと立ち上がる。
「廊下を走っちゃって本当にゴメンね。次の時間体育でさ、早くグラウンドに出たかったんだ」
謝る彼女は、ポニーテールにすらっとした長い脚。確かＢ組にいた子よね？
「ううん、こちらこそ考え事しながら歩いててごめんなさい」
「ボクは２年Ｂ組の後藤育美（ごとう いくみ）。あとでなにかあったら言ってね」
思い出したわ、陸上部の後藤さんだ。この間の大会でも記録をつくったとか、全校集会で聞いた気がする。
「後藤さん……だね。わた……俺は、２年Ｃ組の朝山輝一」
「わかった。それじゃね、ボク急いでるから」
そう言いながら、後藤さんはわき目も振らず昇降口へと駆けていった。
またぶつからなければいいけど。
「へえ、もとからの女子で、ボクって言う子がいる……のね」
ふいに、わたしの姿の朝山くんが現れた。
「あっ、……桂木さん。今の、見てたんだ」
「通りすがりにね。でも、本当に大丈夫？」
「うん、今度は入れ替わらずにも済んだぞ」
「うふふふ、また入れ替わったら、だれがだれだかややこしくなっちゃうもんね……」
朝山くんの綾音の顔が、ほころんできた。
今朝、すれ違うときに見たのと同じ顔だ。
でも、それが自分に向けられると、とりわけうれしくなってくる。
「昨日の放課後はごめんね。いきなりピアノだなんて、無理なこと言っちゃって」
「ううん、俺のほうも、きついこと言いすぎたよ」
昨日と同じ、階段の陰。わたしたちは中身の言葉遣いに戻って、けんかのことを水に流した。
「ところで朝山くん、さっきの後藤さんの言葉遣い、うらやましい？」
「女の子なのにボクってこと？」
「朝山くんだったら、本当は人前でも、俺って言いたいんじゃないかなって」
「うーん、どうかな……」
意外だった。朝山くんのことだから、我慢しながら女言葉を使ってると思ったんだけど。
「なんかしっくりこないんだよな。この体で男言葉使っても。
桂木さんやみさき相手だったら男言葉で話したいけど、ほかの人前だと、違うんだよな。
この声、この体には、やっぱり“わたし”って言ったほうが合うんだよね」
そうだったんだ。わたしと同じようなこと、朝山くんも考えてたのか。
「それにな、桂木さんにあこがれてる男子たちへの、夢を壊したくもないしな」
「もう、朝山くんったらぁ！」
▲ ４ 空想の世界だから、おもしろいんじゃないか ▼
そのとき、唐突に声がした。
「あなたたち、おもしろい会話してるわね」
「えっ？」
わたしたちが振り向くと、そこにはメガネをかけた長髪の女子生徒が。
「取り込み中に、おじゃましちゃってごめんなさい。
わたし、２年Ｄ組の本多智子（ほんだ ともこ）っていいます。
今わたしが読んでいる小説に、あなたたちのような男女が出てくるんです」
「わた……俺たちのようなって？」
「もしかしたら、男の子と女の子が入れ替わるお話とか？」
朝山くんもわたしもびっくりした。
まさか本多さん、わたしたちの秘密に気づいたんじゃ？
「ううん。そういう本も読んだことあるけど、今のは違うわ。
男っぽく振る舞いたがる女の子とね、女っぽく振る舞いたがる男の子が、けんかしたりなぐさめ合ったりしながら、親交を深めていくお話なの」
「そ、そうなのか」
わたしたちは胸をなでおろした。
それにしても、本多さんにはちょっと鋭いところがあるかもしれない。
「でもね、男の子と女の子が入れ替わるってこと、本当にあったら怖いなって思うわ」
本多さんが、ため息をつくようにつぶやいた。
「どうして、怖いの？」
「ああいうのって、空想の世界だから、おもしろいんじゃないかって思うの。
本当にあったら、怖いだけじゃなくて、かわいそう。
だって、逆の性別の体の中に閉じ込められちゃうんですもの」
斜め上の天井を見つめながら、本多さんはゆっくりと話す。
わたしたちって、かわいそうなのかなあ？ そればっかりじゃないわよね。
顔を見合わせる、朝山くんとわたしだった。
▲ ５ すごいじゃないのお兄ちゃん！ ▼
今日は土曜日、授業は午前でおしまい。
教室を出たら、ばったり朝山くんとみさきちゃんに逢った。わたしのことを心配して、迎えにきてくれたみたい。
さっそくわたしたちはみさきちゃんに、後藤さんと本多さんのことを話してみた。
すると、みさきちゃんの目が突然輝きはじめた！
「すごいじゃないの！ 元に戻れるかもよ！」
「な、なんだよ、みさき？」
「入れ替わり実験よ！ 本多先輩、きっとこういう小説いっぱい読んでるわよ。
入れ替わったふたりが元に戻る方法だって、知ってるはずよ」
「えっ？ なにをいきなり言い出すの？」
「後藤先輩だって、衝突のアドバイザーになってもらえるでしょ？
弥生はだめだったけど、きっとふたりなら協力してくれるわよ」
そりゃ確かに、元に戻れればうれしいけど、みさきちゃんの提案にはほんと驚いた。
「今日は土曜日でしょ。時間がいっぱいあるじゃない！ 善は急げよ。
後藤先輩と本多先輩、適当に説得して連れてくるから、ふたりとも屋上で待ってて！」
でも、いくらなんだって、唐突に入れ替わり実験だなんて言って、あっさりと来ちゃうひとなんていないと思うけど。
それから十数分後。わたしたちは、だれもいない屋上でみさきちゃんを待っていた。
もちろん、あきらめ半分で。
空模様だって、悪くなりそうだし。
すると……。
「はいはーい、来たわよ」
えっ？ 本当に、みさきちゃんの後ろから、本多さんと後藤さんが現れたじゃないの！
「また逢ったわね。わたしが知ってることなら、協力するわ」
「ボクは部活あるけど、おもしろそうだから手伝うよ」
後藤さんは陸上部の水色のジャージ姿だ。
みさきちゃんに、こんな説得能力があったなんて意外だった。
「うわっ、本当に来ちゃったよ。すごいなみさき……ちゃん」
朝山くんもびっくりしてる。お兄さんにも隠してた能力だったみたいね。
「実験の事情は、わたしがふたりに説明しといたから、桂木先輩とお兄ちゃんは、秘密がばれないようにしててね」
「……うん」
うまくいけば、元に戻れるかもしれない。わたしたちの表情は、いつの間にか真剣になっていた。
「俺さ、一度女になってみたくってさ」
「わたしもね、男子ってどういう感覚なのか興味を持っちゃったのよ」
わたしたちは、本多さんと後藤さんに事情を話す。
朝山くんが男になりたい女子で、わたしが女になりたい男子ということになっている。もちろん、みさきちゃんのお膳立てだ。
「朝山くんと桂木さんに、そんな願望があったなんて知らなかったわ」
「桂木さんも、ボクって言ってみたいの？ おもしろーい！」
▲ ６ まるで、もう入れ替わってるみたい
本多さんが実験方法を説明する。
「それじゃ、まず衝突の実験をしてみましょう。
正面衝突したふたりが入れ替わるっていう小説があるのよ」
わたしたちが入れ替わったときの状況と、よく似てるわね。
「ボクが伴走するから、怖がらないで！」
わたしの隣に、後藤さんがいる。
わたしはこれから、２０メートル先を歩いている、わたしの姿の朝山くんに向かって走る。そして、おもいっきり体当たりするんだ。
「用意、スタート！」
本多さんとみさきちゃんが見守る中、わたしは走り出した。
隣の後藤さんをちらちら見ながら、スピードを上げていく。
朝山くんが、気づかないふりをして歩いてる。
さあ、今よ！ あのときのことを思い出して！
ドスンッ！
「いたたたたたた……」
しりもちをついた朝山くんとわたしは、相手の体にいたままだった。
「うーん、だめかぁ」
「次は、階段落ちをやってみるわ」
朝山くんとわたしは、屋上から３階への階段の上に立っている。
それも、ふたり抱き合って。
自分の体と抱き合うなんて、へんな気分だ。
「映画なんだけど、階段から抱き合って落ちたふたりが入れ替わったのよ」
本多さんは映画にも詳しいらしい。
「ボクが受け止めてあげるからさ、心配しないで」
後藤さんはそう言うけれど、これってかなり怖くない？
「体育の柔道で受け身は習ったけど、この体で役に立つかなあ」
朝山くんが、ふっとつぶやいた。そう、男子だけ習うのよね、柔道って。
「さあ、いくわよ」
みさきちゃんの合図で、わたしたちはわざと足を踏み外す。
「あっ、おっと、と、とととと……」
朝山くんとわたしは、片足跳びをしながら階段を下りていった。
とっさになると人間って、意外と転びにくいものね。
ところが、あと３段！ というところでバランスが崩れた。
「うわっ！」
「……大丈夫、後藤さん？」
「大丈夫、心配しないで、桂木さん」
後藤さんは、わたしの体の朝山くんを受け止めた。
もちろん、ふたりが入れ替わったりなんかしていない。
「あつぅ……」
わたしのほうはといえば、直接床に手のひらをついていた。
でも、急所は無事だった。朝山くんの体がおぼえてた受け身のおかげかしら？
「朝山くん、骨折なんてしてない？ ……問題ないね」
後藤さんが、さっとわたしの手や腕の骨を触診する。さすが運動部だわ。
でも、入れ替わりはやっぱり失敗だったのね。
ゴロゴロゴロゴロ……。
外から、気味の悪い低音が響いてきた。
「カミナリね。そうそう、落雷の近くにいたふたりが入れ替わったお話もあるのよ」
本多さんに連れられて、わたしたちはまた屋上に出た。
階段の屋根の上に、ちょうど避雷針が立っている。
本当のことを言うと、わたしはカミナリって苦手なのよね。
本多さんも、さっきまでよりちょっと萎縮してる。
「ねえ、雨も降りそうだし、本多さん、中に入らない？」
「まあいいわ。避雷針の下にいれば、屋内でも入れ替わりの効果はあるはずよ」
でも、後藤さんと朝山くん、そしてみさきちゃんはなんともないみたい。
わたしたちがまた中に入って、扉を閉めた直後だった。
ピカッ！ ドォォーン！！！
稲光と音が、ほとんど同時に真上から！
「きゃっ！！！」
わたしは思わず、朝山くんの胸に飛び込んだ。
「かつ……朝山くん、もう離れてよ」
「ご、ごめん！」
目を開けたわたしが見たものは、女子制服のピンクのリボンと、セーラーカラー。
ということで、やっぱりわたしたちは入れ替わらなかったんだ。
「……このふたりさ、まるで、はじめから入れ替わってるみたい」
シレッと言う後藤さんに、わたしはドッキリ。
考えてみたら、男の子がカミナリを怖がって女の子に飛び込むって、あまりないことよね。
「でも、人にはいろいろ事情があるんでしょう？」
みさきちゃんがフォローしてくれる。
「カミナリを怖がってくれる男子って、わたし親近感持てるわよ」
みさきちゃんに飛び込んでいた本多さんも、いいこと言ってくれた。
「じゃ、ボクは部活に行くね」
「やっぱり、入れ替わりはフィクションの中だけのほうがいいわね」
実験はぜんぶ失敗に終わって、後藤さんと本多さんも帰っていった。
所詮は、無茶な実験だったかもしれない。
でも、わたしたちにいっときの希望と、笑いをくれたみさきちゃんには、感謝しないと。
こうして、入れ替わって２日目の学校生活は幕を閉じた。
明日は日曜日。朝山くんとして、どこに出かけようかしら？
（第５回「３日目 日曜日」に続く）
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