※本作品はゲーム『トゥルー・ラブストーリー』のキャラクターと設定を使用しております。
『トゥルー・ラブストーリー』シリーズについてはこちらを参照ください。
トランス・ラブ
ストーリー
〜第２回「１日目 金曜日 その１」〜
作：こうけい
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１ ねえ、ぼくって、かわいいだろ？ ▼
「あはははは、ここまでおいで」
草原を駈ける、男の子の笑い声。
「あはははは、待ってよ」
わたしは笑いながら、その子を追いかけていた。
「こっちこっち」
男の子は森の中へと入りこむ。わたしも後に続く。
すると、不意に男の子の姿が見えなくなった。
「あれ？ どこ？ どこにいるの？」
わたしはなんども辺りを見まわす。
「ほら、ここにいるよ」
声とともに、目の前に男の子が姿をあらわした。
「こらあ、探したんだからあ」
でも、なんだか様子が変だ。わたしがしゃべると、目の前の男の子も同じように口を動かす。
……よく見たら、それは手鏡だった！
「うそ、これがわたし！？」
やっぱりそうだ。鏡の中の男の子もいっしょにしゃべる。
いつの間にか、わたしが男の子になってるなんて！
「うそじゃないさ。そして、これが……ぼく」
ゆっくりと手鏡が横に動くと、その向こうから、わたしの姿が見えてきた！
「あなた、……わたしなの？」
「そうさ。ぼくがきみで、きみがぼく」
「ど、どうして！？」
わめこうとするわたしの両肩を、もうひとりのわたしが押さえつける。
「体をとっかえっこしたのさ。だってきみって、とってもかわいいんだもの」
そんなばかな！ そう叫ぼうとしたけれど、声が出ない。
もうひとりのわたしの顔が、息がかかるくらいに近づいてきた。
「ねえ、ぼくって、かわいいだろ？」
わたしの顔と声で、わたしに向かってささやきかける。
怖い！ 自分の顔が、目の前にあるなんて！ わたしは必死で目をそらそうとした。
逃げたい。それなのに、足は金縛りにあったように動かない。下半身が、すごくどきどきする。
かわいい……。
うそ？ なぜかわたしは、自分の顔にそんな感情を抱いてしまった。
すると胸だけじゃなくて、おなかの下のほうまでがうずいてきた。
なんだか痛いような、かゆいような、力んでいるような、不思議な感覚。
「きみ、この顔がかわいいって思ったろ？」
もうひとりのわたしが、またささやいた。
わたしは思わずまじまじと、目の前のわたしの顔を見る。
「か、かわいい……」
わたしの口から、するりと言葉が漏れてきた。
どうして、自分をかわいいなんて思っちゃうんだろう？
「うん、それでこそぼくだ。元気な男の子はそうじゃなくちゃ」
もうひとりのわたしがつぶやく。
「わたしが男の子だなんて、そんな……」
そう思ったとたんに、おなかの下のうずきはますます大きくなった。
おまけに、お手洗いにまで行きたくなってきた。でも足は動かない。
ずきん、ずきん、ずきん。
心臓とおなかの下が、いっしょに鼓動する。
「ほら、もっとよく見てよ。かわいいだろ？」
わたしともうひとりのわたし、お互いの視線が重なりあう。
「うん……いい、すごくかわいい……」
ひとことひとこと口に出すたびに、おなかの下に力がはいっていく。
ああ、もうだめ、がまんできないっ！！
わたしはおなかの下に、思い切り力をこめた。
あああああっっっ……。なにかがはじけるっ！
次の瞬間、目の前が明るくなった。
▲ ２ どんなものが出たんだろう ▼
「夢か……」
なんて夢だったんだろう。
体を入れ替えられて、男の子にされるなんて。
おまけに、自分の顔をかわいいって思うなんて。
そんな驚きが薄れるにつれ、意識が覚醒していく。
わたしが寝ていたのは、知らない部屋の、知らないベッドの上。
そして、知らない男物のＴシャツを着ている。
……ううん、知ってる。だんだんと昨日のことが頭の中に戻ってきた。
ここは、朝山輝一くんの自室。そしてわたしは今、朝山くんの体の中にいるんだ。
ああ、こっちは夢じゃないんだ。わたしは桂木綾音じゃないんだ。
おなかの下のほうが、変に涼しい。
１枚だけの掛け布団をめくってみた。
パジャマのパンツが濡れてる…………。
もしかして、これが“ムセイ”っていうものなの？
思い出した。こうなるのはああいう夢を見たあとだって、聞いたことがあるわ。
そう意識すればするほど、だんだんと気持ち悪くなってくる。なんとかしないと。
ベッドから起き上がって、机の上からティッシュを５枚くらい取って、目をつぶりながらパジャマのパンツとブリーフを脱ぎ捨てる。
そして、ティッシュ越しにおそるおそる、あそこを拭いた。
でも、どんなものが出たんだろう。ちょっとだけ好奇心が芽生えてきた。
ティッシュを前に、目を開いてみる。
透き通った白っぽいねっとりした液体が、ティッシュの間に絡まっていた。
おしっことはぜんぜん違うのはもちろんだけど、話で聞いてたほど白くはない。
こんなものを、わたしの体が出したなんて。
下のほうは見ないように気をつけながら、タンスから出した替えのブリーフをはく。
めんどうだからもう制服に着替えちゃおう。
ハンガーからおろしたスラックスに下半身を通して、社会の窓を閉じると、少しだけ安心した。
そして、上のワイシャツを着て、紫のネクタイを締める。
はあ……。わたし、本当に男の子になっちゃったんだな……。
そうだ。いまごろ朝山くんも、わたしの体でため息ついてるんだろうな。
わたしのアレは、まだ先だから、そのうち教えてあげないと。
▲ ３ 朝山くんにこそ、言わないほうがいいんじゃないかな？ ▼
そのとき、コンコンとノックする音がした。
「桂木先輩、もう起きてます？」
隣の部屋の、みさきちゃんの声だった。
「うん」
「ちょっとお邪魔していいかしら？」
「ええ、どうぞ」
「ねえ桂木先輩、転校のこと、学校のみんなにいつ言います？」
みさきちゃんにいきなり言われて、思い出した。
朝山くんの家、あと１ヶ月で引っ越しちゃうんだ。それまでに元に戻れなければ、わたしたちは一生、借り物の姿で過ごさないといけないんだ！
「ま、まだ考えてなかったわ」
わたしは焦りながら答える。
「まあ、そうよね。桂木先輩、ゆうべはショック大きかったものね」
みさきちゃんはわりと落ち着いた態度で受け流してくれた。
「それでね、わたしからの提案なんだけど、転校直前まで黙ってるっていうのはダメですか？」
「どうして？」
みさきちゃんの提案は意外だった。こういうものは、すぐにみんなに話すものだと思ってたから。
「転校するって言って、みんなに余計な心配をかけちゃ悪いでしょ？
転校直前まで、気を遣われないでふつうに過ごしたいのよ」
なるほど、そういう考えもあるわね。わたしはお兄さんなんだから、ここはみさきちゃんに合わせておこう。
「わかったわ、みさきちゃん」
「だけど、桂木先輩の体のお兄ちゃんには言わなくちゃね。本当の自分の家が引っ越しちゃうんだから」
「そうね……あっ」
わたしには、ある考えが浮かんだ。
「ううん、朝山くんにこそ、言わないほうがいいんじゃないかな？」
「えっ？ どうしてです？」
今度はみさきちゃんが戸惑った。当然だろう。
「わたしたち、入れ替わっちゃってたいへんなときなのよ。どう生活したらいいのかとか、どうやったら元に戻れるのかとか、考えないといけないし。
悩みを二重に背負うのは、みさきちゃんとわたしだけで十分じゃないのかしら？」
「……」
「女の子になっちゃった朝山くん、わたし以上に戸惑ってると思うな。その上、自分の家が引っ越すなんて聞いたら、もっとつらくなるでしょう？
朝山くんにだけは、余計な心配かけたくないの。みさきちゃんならわかるわよね？」
「言われてみれば、そうね。わかりました。お兄ちゃんにもナイショにしときましょ」
「ありがとう、みさきちゃん」
みさきちゃんの話は続く。
「それとね、入れ替わってるってことも学校ではナイショね。どうせだれも信じてくれないんですから」
「ええ、もちろん」
「あと、これからは桂木さんのことを『お兄ちゃん』って呼ぶわよ」
「えっ？」
「当然でしょ。入れ替わってるってことはナイショなんだから」
たしかに当然だわ。でも、いざそう宣言されると、ちょっとびっくりした。
「わかった？ お兄ちゃん」
みさきちゃんは、わたしの目をのぞきこむようにそう言った。
「ええ、わかったわ、みさきちゃん」
「違う！ 呼び捨てでしょ！」
「あ、ああ」
他人の妹を呼び捨てなんて、なんだか気後れしちゃうな。……でも、今は他人の妹じゃないんだ！
「それに、男言葉を使ってよ」
「わかった……みさき」
あれ？ 朝山くんの口から呼び捨てで「みさき」って出ると、なんだかすんなりと聞こえちゃう。この分なら、呼び慣れるのは早いかも。
だけどそれって、わたしがますます綾音から遠ざかっていくってことなんだ……。
▲ ４ 桂木さんのことでも、考えてたのと違う？
「先に行くね、お兄ちゃん」
「えっ、いっしょに登校してくれるんじゃないの？」
「わたしたちがきょうだいそろって登校なんてしたら、変な噂がたつでしょ？ じゃあね」
登校途中の通学路。みさきちゃんは早足ですたすたと歩き去っていった。
心細くなってきた。
慣れない体、慣れない服装で、慣れない道をひとりで歩いてるなんて。
この道が学校に続いてることは確かなんだけど、それでも不安だ。
綾音の家からバス通学のときより、遅い時間に家を出てるのも戸惑いの種だった。
それに、自分がどう見られてるんだろう。すれ違う人の視線も、なぜか気になる。
なにも知らない人から見たら、ただの青空高校男子生徒にしか見えないはずなのに。
「おはよ、輝一」
唐突に後ろから声がした。
「あっ……」
振り返ると、青空の制服を着たショートカットの女子生徒がいた。
２年Ｃ組、美術部の広瀬のぞみ（ひろせ のぞみ）さんよね。
思い出した。朝山くんとは同級生で幼なじみ、家も近所だって聞いてた。声をかけられて当然なんだわ。
「お、おはよう、広瀬さん」
「どうしたのよ輝一、なにが広瀬さんよ。ヘンな物でも食べたんじゃないの？」
広瀬さんが目をまるくした。
そうだ、朝山くんは広瀬さんのこと、名前の呼び捨てで呼んでたはず。
「の、のぞみ、なんでもないさ」
「輝一がそうやって慌てるときって、なにかあるのよね」
ぎくっとした。まさか、もう秘密がばれたかしら？
「ど〜せまた、桂木さんのことでも、考えてたのと違う？」
広瀬さんに耳元でささやかれて、わたしは思わず赤面してしまった。
だって、本当はわたしが桂木綾音なのよ！ 秘密がばれるよりも恥ずかしい。
「ち、違うよ！」
「ま、どうでもいいけど」
わたしは胸をなでおろした。
ほんと言うと、わたしはもともと、広瀬さんはちょっと苦手だったのよね。
でもまあ今は、となりを歩いてくれてるってだけで、うれしかったんだけど。
「じゃ、わたし先に行くね」
「えっ？」
「変な噂になったら困るでしょ？ １時間目さぼっちゃだめよ」
広瀬さんは、まるでみさきちゃんのような口ぶりで、わたしを置いて歩き去っていった。
それに、わたしは学校さぼったりはしないわよ。朝山くんはさぼり癖があるのかもしれないけど。
……やっぱり苦手だな、広瀬さん。
（第３回「１日目 金曜日 その２」に続く）
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