三大噺　お題：鏡／娘／もみ
作：こうけい


「大きくなったぼくを、早くパパに見てもらいたいな」
小学５年生のアユミ少年はご機嫌だ。外国航路の船長をしている父親が、２年ぶりに帰ってくるからだ。
そんなアユミは、道端でコンパクトの＜鏡＞を拾った。
「なんだ…何か書いてあるぞ…『ピピルマパンプルポッピンパー』？」
その言葉を唱えたとたん、アユミの体に異変が起こった。
体全体が丸みを帯びてくると同時に、胸がふくらみ、股間にあったものが体内に吸い込まれていったのだ。
服装も女の子らしいワンピースに変わっていた。
「…これって…ぼく…女になっちゃった！！」
そのとき、どこからかアユミに話しかける声が聞こえてきた。
「アユミ、コンパクトを拾ってくれてありがとう。あなたは魔法が使えるようになったのです」
「この体…どういうことですか？」
「『ピピルマパンプルポッピンパー』は変身の呪文なのです。あなたは魔法少女として世のために働くのです」
「いきなりそんなこと言われても！」
「…嵐が近づいています！」
「だいいち、コスチュームもつまらないな。普通の女の子の服なんて…」
「そんなことより、あなたのお父さんが危ない！早く海岸に行きましょう！」

何がなんだかわからないまま、少女になったアユミは海岸に向かった。
晴れていた空はみるみるうちに雲で覆われていく。まだ夕方だというのに、あたり一面真っ暗だ。大風が吹きはじめ、岸壁には高波が押し寄せてきた。しかし、船を導く灯台は故障していた。
「…こんなんじゃ、船はたまらないよな…まさか、そういうこと！？」
「そうですアユミ。この近くにあなたのお父さんの船がいるのです。このままでは、船は難破してしまいます」
「パパが…そんな！どうすればいいんですか？」
「『マハリクピカリンホーリーアップ』と唱えなさい。全世界の鏡の光があなたのコンパクトに集まります。その光を灯台がわりに使うのです」
「わ、わかりました。マハリクピカリンホーリーアップ！」
アユミが天の声の言う通りに呪文を唱えると、コンパクトの鏡からはまばゆい光が発せられた。
アユミはコンパクトを手にかざし、荒れ狂う海に向かって何度も照らした。
海にはときどきチラチラと影が浮かぶ。あれがおそらく父親の船だろう。
その船影が見えなくなるまで、アユミは数十分ほど海に光を照らし続けた。
やがて嵐は止み、静かな空と海が戻ってきた。

「アユミ、おつかれさま。これであなたのお父さんは大丈夫です」
「仕事も一段落したことだし、そろそろもとに戻る呪文を教えてくれませんか？」
「それが…。今の光を集める魔法が強力すぎたので、コンパクトはもうパワー切れなのです。ごめんなさいアユミ。あなたはもう元には戻れません。さようなら〜…」
「そ…そんな無責任なー！ぼくを男に戻せーっ！」
コンパクトは魔法を失って、ただの鏡になってしまった。
アユミが帰宅して、女になってしまったことを母親に告げると、母親はショックのあまり寝込んでしまうのだった。

その翌日、父親が２年ぶりにわが家へと戻ってきた。おそるおそる玄関に出るアユミ。
「ただいまアユミ！おまえもきれいな＜娘＞に成長したな」
「えっ？娘って…？」
「しばらくぶりだからってかしこまらなくていいんだぞ。胸もこんなに大きくなりやがって！」
父親は笑いながら、アユミの胸を思いっきり＜もみ＞もみした。
「パパのエッチ！」
そこへ、ようやく起き上がった母親がやってくる。
「あなた、おかえりなさい。でもアユミは息子じゃなくて？」
「何言ってるんだ、こいつはもともと娘だったろ？」
「へ…あなた…？」
「娘でも息子でも、無事に育ってくれてればいいんだよ！な、アユミ？」
「う…うん！パパも無事でよかった…。おかえり、パパ！」
涙を流しながら父親のふところへ飛び込むアユミを見ているうちに、母親もなんとなく納得してしまった。

（パパが無事に帰ってきたんだから、あたしは女のままでいい…。コンパクトさん、ありがとう…）
アユミはただの鏡になったコンパクトを胸に抱きながら、女の子として生きる決意を固めるのだった。

「…かあさん。そういえばアユミって男じゃなかったか？２年も会ってないと記憶があやふやになっていかんなあ…」
「あなた、それはもうどうでもいいことでしょ！」

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