三大噺　お題：春／ＯＬ／スーツ
作：こうけい


俺は出社するやいなや、唐突に社長に呼び出された。
「社長、私になんのご用でしょうか？」
「実はだな、今日、わが社のライバル会社の開発部が、部内挙げての大掃除をするというんだよ」
「＜春＞は組織改編や人事異動で荷物の出入りが激しいですからねえ。大掃除には都合がいいですね」
「うむ。で、君に頼みたいことなんだが…」
そう言いながら、社長は応接用のイスを指さす。
そこには、ひとりの女性が腰かけていた。いや、よく見ると、それは女性の抜け殻ではないか。
「これ…肉じゅばん、ですか？」
「女性変身用のボディ＜スーツ＞と言ってくれ。わが社が総力を挙げて開発した、新製品だよ」
「これを私にどうしろと？」
「君にはこれを着て、ライバル社の＜ＯＬ＞に扮してもらう。大掃除の手伝いをするふりをしながら、ライバル社の秘密資料をさりげなく盗んできてほしいんだよ」
「簡単にばれやしませんか？」
「安心したまえ。とにかく精緻につくられたボディスーツなんだから」

俺は隣の空き部屋で裸になって、ボディスーツを着た。
ボディスーツの頭をすっぽりと被り、右の脇のファスナーを引き上げる。
体に完全にフィットする着心地は、さすがわが社の新製品だ。
部屋の隅にあった鏡で自分の姿を確認する。
男の俺の面影はない。どこから見ても、完全でそしてとても自然な、女性の裸体がそこにあった。
ああ、こんなにきれいだなんて…抱きしめてみたい…。
いかんいかん。見とれている場合じゃない。
用意されていたライバル社のＯＬの制服を着て、社長室に戻る。

「社長、戻りました」
そう口に出した瞬間、俺は驚いた。
ボディスーツを着た俺の声は、女性のものに変わってしまっていたのだ。
「どうだ、すばらしいだろう、そのボディスーツは。これさえ着ていれば、絶対に男とばれることはないぞ」
「でも、ライバル社の社員ではないとばれることは？」
「それなら、この部に新任になった者です、とでも言っておけ。忙しい大掃除の最中に、ほかの部署の人間の顔まで思い出す余裕なんてないんだから」
「わかりました」
「無事を祈るぞ」
俺は社を出ると、歩いて数分のところにあるライバル社へと向かった。

「こちらが新製品の図面のコピーです。こちらがデータの入ったフロッピーディスク。それと、耳で聞いた話では、来年度に主力製品３種のモデルチェンジがあるそうです」
正体がばれることなく無事に任務を果たした俺は、社へ戻って成果を社長に報告した。
「うむ、よくやった。ご苦労だったな。それでは、元に戻りたまえ」

俺は隣の部屋へ行き、ＯＬの制服とボディスーツを脱ごうとした。
ん？なんだか変だぞ？
…ボディスーツのファスナーがない！
いくら手で探っても、右の脇にあるはずのファスナーがつかめない！
焦る俺の全身から、汗がにじみ出てくる。
…汗！？
いくら精緻なボディスーツといっても、汗までは出なかったはずだ。
スーツの皮膚を思いっきりつねってみる。
痛い！
ま、まさか、これが本当の俺の肉体なのか？？？

「社長！どういうことなんですか？」
ライバル社のＯＬの制服を着なおした俺は、社長室へとびこむ。
「実はな、そのボディスーツは、着たままで数時間経過すると肉体に同化するんだよ。
君はもう、本物の女性だ。そして、わが社の人間でもない」
「それって…」
「君はリストラの対象だったのだよ。
明日からは、ライバル社のＯＬとしてせいぜい働いてくれたまえ。
もうライバル社の上層部には話がついている。
では、さらばだ」

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