三大噺 お題:さくら/卒業/ぼたん
作:こうけい


女性科学者の西原美奈子は、人格交換機の研究に没頭していた。
この機械は間もなく行われる博覧会への出品が決まっており、現在は研究も最終段階を迎えている。
「この発明は間違いなく世界中から注目されるはず。発明の権利が高く売れれば、私も晴れて借金生活から<卒業>よ!」
ところが、越えなければならないハードルは、まだ残されていた。
動物段階での実験は成功したというのに、人間を使っての実験はうまくいかなかったのである。
人間で成功しなくては、“人格”交換機とはいえない。博覧会での評価は低くなり、権利も安く買いたたかれてしまい、美奈子の借金生活卒業も夢に終わるだろう。
「なんとかしないと…そうだ、いい考えが!」
美奈子は、なにやらひらめいた様子だ。

そして、博覧会当日がやってきた。
美奈子の人格交換機は、展示ステージ上で来客を相手に実験中だ。
司会も美奈子自身が務めている。髪を美容院で整え、メイクをほどこし、とっておきのコンパニオン風衣装に身を包んだ彼女は、ふだんの研究のときとは見違えるような美女になっていた。
「さあ、次に入れ替わってみたい人はいませんか?」
客席からは我も我もと手が挙がる。
「…そこの緑のフリースのあなたと、そこの黒い帽子のあなた」
美奈子の指名で客席から男女ひとりずつが選ばれ、ステージ上のイスに座らされる。助手がふたりの頭と両手、両足に電極のようなものを取りつけ、機械を作動させた。
とたんに、イスに座らされたふたりの表情が激変する。
「…わわっ、俺がそこに!」
「…すごい!あたしがいる!」
ふたりはお互いの姿を確認しながら、驚きつつも納得した表情を見せる。
「入れ替わり、おめでとうございまーす!今回の人格交換は体験版ですので、5分たちましたら自動的にもとに戻ります。短い時間ですが、入れ替わったからだを堪能してくださいね」
客席からは拍手が鳴り響く。

「さあ、次はどなたでいきましょうか?」
すると、客席からひとりの男がステージに乱入してきた。
「俺だ!俺をやってみろ!おまえ、当て方が不自然なんだぞ!」
美奈子が一瞬ぎくりとしたのを、男は見逃さなかった。
「ほーら、図星だな。どうせ人格交換機なんてインチキなんだろ」
男はステージ横の機械を思いきりけとばした。
「お客さま、おやめください!」
「あっ、すまないな。でも壊れたって同じことだろ」
男はニヤリと笑う。
(どうしよう…<さくら>を使ってたのがばれそう…)
美奈子は知人たちをさくら、つまりやらせの客として連れてきた。実演では彼らだけを指名して、入れ替わったような演技をさせていたのである。
「そうだそうだ、入れ替わったやつら、みんな演技くさかったぞ」
「そいつの言うとおりにしてやれよ!」
ほかの観客からもヤジが飛び始めた。仕方なく、美奈子は男を使って実演をすることにした。
「で…、入れ替わりの相手は、どなたにいたしましょうか?」
「おまえだよ。俺、おまえの体、結構気に入ったんだよな」
「…わかりました」

美奈子は助手に、マジで機械を操作するように頼んだ。
美奈子と男の体に人格交換機がセットされる。
(あーあ、さくらなんか使ったから、罰が当たったのかな…。
それとも、男のせいで機械が壊れたって言い訳すればなんとかなるかな…)
そんなことを考えながら、美奈子は静かに目を閉じて、機械が作動するのを待った。

「なっなっなっなっ、なんだこりゃー!」
隣から、素っ頓狂な叫び声が上がる。それも、美奈子の声で。
(えっ!?)
美奈子が目を開くと、自分の体はさっきの男のものになっていた。
(成功した!?)
ハッと美奈子は思い出した。実験中に、人格交換機の端子がしばしば接触不良になっていたことを。
(人体実験のときは、たまたま押し<ボタン>の端子がうまく接触してなかったのよ。この男が機械を叩いたときに、それが解消されて、正しく作動するようになったんだわ。イージーミスって、あるもんなのね)
「やった!実験は成功よ!」
手をたたいて喜ぶ、男の体の美奈子。
そこへ、美奈子の体の男が半狂乱になってつかみかかってくる。
「そんなばかな、本当に入れ替わるなんてー!?」
「よかったですね。私の体、お好みなんでしょう?」
「入れ替われるはずがないと思って、もののはずみで言ったんだよ!
俺の体、返してくれよ!今夜は俺、彼女とデートなんだからな」
「それなら、5分で元に戻りますから」
そこへ、助手があわてて駆け寄ってくる。
「西原博士、すみません。さっきの衝撃で、設定時間が5日間に変わってました」
「でも、もう一度機械にかけてくれれば、戻れるだろ!?」
「それが、設定時間前に元に戻す機能までは、まだ完成してないんです。
とりあえずは時間がたてば元に戻れるから、これでよしとしたまでで…」
「なにー、こんな体で5日も過ごせっていうのか?彼女とのデートがー!」
とても演技には見えない、ステージでの生々しいやりとりに、客席は拍手大喝采を送るのだった。

美奈子と男がその後どうなったのかは、ご想像におまかせする。
美奈子の発明は、おそらく借金を返済できるくらいに高く売れたことだろうが…。

(感想用掲示板はこちら
(解説はこちら
三大噺トップに戻る