姫神奇譚 第十四話「血」
作：亜希みちる ＆ こうけい
（原案：亜希みちる）
「みちる」
ねえさまは、機嫌良さそうに僕の名前を呼んで下さいました。透白の肌と人の血紅の対比がたいそう美しいです。
「ねえさまは、今日は特にお機嫌がおよろしいのですね」
「ええ、みちる、今日勇者という方が、私を倒しにきて下さるの」
そう、おっしゃると口元に、お手をあてられくすっと、ほほえまれました。うっとりするようなほほえみです。
「勇者様と言うからには、お強いのですね。」
「ええ、あの北の龍神でさえ、あっという間に倒されたと聞き及びました故、剣術にも呪術にもすぐれた方なのでしょう。」
古都音様はそうおっしゃって、楽しそうでした。
「何を着て差し上げましょう、みちる」
お着物を出されてお聞きになってこられました。珍しいことです。
「おねえさまは何でもお似合いになられますこと故、何を着られても」
「ありがとう」
非常に珍しいことでした。お礼を言われるなんて。
「この桜がすりにいたしましょう。覚えておいで。あのみちるの来た日着ていたものです」
桜がすりを着た古都音様は、それは素晴らしいものでした。懐かしいと言うよりもひたすら美しさに圧倒されておりました。
その時です、
「ぎん」
体が動かなくなりました。息すらできません。これは、天射の陣、幻の結界です。神をも射止めるという素晴らしい陣です。これを使える人間がいるとは。
急に息ができる様になりました。古都音様が逆結界を張ってくだすったおかげです。
古都音様は結界を意とも介しておられません。不思議でした。
「こられました。お迎えをいたします。みちるは結界の中から出ませんよう」
そうおっしゃると、表の扉を開かれました。新しい光がまぶしい中、男が立っておりました。
「私は帝から、妖鬼の類の処分を任されておりまする小鳥遊葉菜と申すもの。貴殿が人に害する姫神と聞き及び参上した。なんの恨みもないが退治させてもらう。いいか」
目が慣れてくると、精悍な男とその男が身につけている、すばらしい力あるものが見えてきました。
「口上聞き及びました、私は姫神が一人、古都音と申します。余分な事は不興。いきますよ」
と、言うが早いが飛びすさり際にものすごい波動を送りました。
涼しい顔にて刀で受け流す男。続いて光球を３つ送り返します。
古都音様が手にて、光球を受け止めなさると、男の顔が古都音様の目の前にありました。速い。
斬りつける男。古都音様が一条の血を流されました。
「くっ」
光球を間で破裂させて逃れる古都音様。
追うように男から、矢針が飛んできます。矢針を扇で受けられ、光剣を浮き出されました。
光剣と男の名のある名剣が切り結びます。
一条、二条、まるで踊っている様に縦横無尽に駈け回られます。
互角の闘いです。剣では勝負がつきそうにありません。
いえ、古都音様がまた傷を受けました。腕から血を流しておられます。このままでは負けてしまいます。
古都音様は呪文を唱えられました。負けじと男も唱えます。
「蛇神光臨！」
「甲虫現表！」
古都音様の白蛇と、男の表した甲虫が戦い始めました。これだけでも村を丸ごと滅ぼすことができますでしょう。
「隣波高魔刃！！」
「照球裂派！！」
白蛇の体が波打って発生した衝撃波が甲虫に襲いかかります。いえ、甲虫は衝撃波を光の球で相殺してしまいました。
一進一退の闘いが続きます。
「…くっ！」
不意に古都音様の顔がゆがみました。先ほどの切り傷からまた血が流れているではありませんか。よほど痛むのでしょう。
白蛇の動きが鈍くなりました。
「今ぞ！」
ここが攻め時とばかりに、男の甲虫が放つ光が白蛇と古都音様を包み込みます。
ああっ、古都音様の命運もこれまでなのでしょうか…。
いえ、そのようなはずがありません。
「雷光大返逆！！！」
古都音様は最後の力を振り絞って光を撥ね返しました。
光は逆に男を包み込み、甲虫を消滅させます。男は悲鳴をあげながら体を次第に縮ませていきました。
不意に僕の体が楽になりました。結界が解けたようです。
やがて、薄れた光の中からひとりの若き女が現れました。一糸も纏わぬ生まれたままの姿です。
自分がどうなったかわからないようで、戸惑いながら辺りを見回しております。
「みちる、見るのです。たくましき勇者様は、見目麗しき処女となりました」
僕は理解に苦しみました。古都音様は、自分を傷めつけた男をなぜ美しい処女などに変えるのでしょうか。
「私にここまで血を流させるとはさすがな相手でした。
この女は、私の傷の痛みと流した血を一生かけて償うのです。
そう、美しさ故に数多くの男と交わることでしょう、しかし幾度交わろうとも処女を失わないのです。
破瓜の痛みと血から逃れることはできないのです」
妖しく風にゆれる桜がすりが、久しぶりに見た古都音様の冷酷な態度を一層引き立てておりました。
見ていると、女は全裸のままふらふらと近くの村へと迷い込んでいきました。
色気に飢えていた男たちの喚き声。女の悲鳴。そして………僕は耳をふさがずにはおられませんでした。
「ねえさま、僕はもう見てはおられません。早く立ち去りましょう。皆のところに戻るのです」
古都音様は、黙って僕といっしょに戻られました。
けれども、あの光景を見つめる古都音様の凛とした顔は、僕の目に焼きついていつまでも離れないのでした。
こうけいです。残酷な古都音様も久しぶりの登場ですね。いかがでしたでしょうか。
亜希みちるさんからの提案で、合作させてもらいました。合作というのははじめての体験でした。
わたしは独力では姫神本編を書く気にならなかったので、この合作の申し出はとてもありがたかったです。
前半部（「隣波高魔刃！！」「照球裂派！！」のあたり）までは亜希さんの作で、わたしは以降の部分を書きました。
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