華代ちゃんシリーズ
「聖なるセールスレディ？」
作：こうけい
（原案者・真城 悠）
＊「華代ちゃん」シリーズの詳細についてはhttp://www.geocities.co.jp/Playtown/7073/kayo_chan00.html
を参照して下さい。
１２月２４日、クリスマスイブ。
今年は平日で社会人には厳しい日程とはいえ、夜の商店街はカップルが目立つ。
「男同士って、やっぱり空しいよな」
「愚痴ってもしょうがないさ。今日は一緒に遊ぼうぜ」
慎二と竜之助は友人同士。
彼女いない歴を更新中のふたりは、どちらから言い出すまでもなく落ち合って、ふたりで夜の街を歩いていた。
「もしもし、そこのおふたりさん」
足もとのほうから、慎二たちを呼び止める声がする。
見回すと、小柄な少女がひとり、ちょこんと立っていた。
「おふたりとも、なんだかご機嫌がよろしくないようですね」
「ああ、俺たち今夜は寂しく男ふたりで過ごすのさ」
「なるほど。最近は本当に心の寂しい人ばかりですね。そんな皆さんの為に、私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい」
「俺たち、あんたに申し付けてなんていないんだけど。行くぞ」
少女はさっと手提げバッグから名刺を出して、歩き出そうとするふたりの手ににぎらせた。
「『ココロとカラダの悩み、お受けいたします セールスレディ 真城 華代』？
あーあ、変なセールスにつかまるなんて、最低だよ俺たち」
ぼやく竜之助。
「ご安心ください、お金は頂いておりません。お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます」
しかしもう慎二たちは少女を相手にせず、すたすたと歩き出していた。
「あーあ、女のコと一緒にクリスマスを過ごせればなあ」
「神なんて俺たちには無慈悲なんだよ」
その言葉に少女の目がきらりと光ったことに、慎二たちは気づかなかった。
「寒っ！」
慎二が思わず口走る。急に冷たい風を体に受けたのだ。
「なんか突然風が強くなってないか……なんだこりゃ！？」
周囲を見回してふたりは仰天した。
にぎやかな商店街にいたはずなのに、ここはひとけのない小高い丘の上。
「ここはどこ……いったいいつの間に……？」
そしてふたりの背後には、風格の感じられる尖がり屋根の建物がそびえ立っていた。
その尖がりの上に、高らかに取り付けられた十字架。
「どうして教会が？ ……うっ！」
「おい竜之助、どうし……ああっ、俺もだ！」
突然、ふたりは悶えだした。服装が変化をはじめたからだ。
ジャケットがふわりと広がっていき、一枚の黒くて厚い布へと形を移していく。まるで厚手のマントだ。
慎二のトレーナーとＧパンも、竜之助のセーターとチノパンも、一体化して裾を伸ばしながら色を変えていく。
「灰色の、……ガウンか？」
「それもおそろいに！？」
そして胸から上には白い布が折り返していく。
髪型も変化した。
慎二の自慢の茶髪が、縮んでいくと同時に黒くなる。
「これって、ざんぎり頭じゃないか？」
「俺もだ！ ……寒いよ！」
竜之助の長髪も同じように変わっていったのだ。
次は帽子だった。慎二の被っていた毛糸の帽子が、急激に大きく重くなり、頭をすっぽり覆った。
「なんだ慎二、その恰好！？ ……うわっ、頭がっ！」
なにも被ってなかった竜之助の頭にも、突如として同じものが被さったのだ。
それはガウンと同じ灰色で、後頭部を覆い、背中まで延びていた。
「おい、これって……修道女の服装だよな？」
灰色のガウンに黒いマント、ざんぎり頭を覆う灰色のベール……。
おそろいになった互いの服装を、ふたりはまじまじと見つめていた。
すると、それぞれの胸に十字架のペンダントが浮かび上がる。
「間違いないぜ……う、うひゃあっ！」
竜之助が顔をしかめて胸を押さえると、慎二も同じ症状に襲われた。
服の中の肉体が、外見に合わせて変わっていったからだ。
ふたりの気分が再び落ち着いたとき、ガウンの中身は清純な乙女にほかならなくなっていた。
「この恰好、そして教会、ということは……！？」
慎二が震える女声をしぼりだすと、竜之助もコクンとうなずく。
「シスター・メアリー、シスター・ナンシー。お待たせしました」
年配の女性の声がした。
振り向くと、その女性は慎二たちと同じ黒いマントと灰色のガウンをつけていた。
「はじめまして、わたくしはこの教会のマザー・スーザンでございます。さあ参りましょう」
「あのさ、メアリーとかナンシーとかって、なんのことだよ？」
竜之助がスーザンに食ってかかろうとすると、急に手が重くなった。
「ん！？ なんだこのカバンは？」
いつの間にか、慎二たちの手にはスーザンとおそろいの黒いカバンが握られていた。
「お荷物をお確かめあれ」
スーザンに言われて、カバンを開けてみる慎二。
「へ！？ なんだこりゃ？」
中には、ずいぶんと読み込まれた聖書と賛美歌集が入っている。竜之助のカバンも同じだ。
慎二のにはメアリー、竜之助のにはナンシーという名前が記されていた。
「これが、俺たちのものなのか……？」
「あなたがたはお勤めの甲斐あって、晴れて今日からわたくしどもの修道院にお移りになられたのですよ。
今日はクリスマスのミサの日です。あなたがたを歓迎するミサでもあります」
「し、知らないよそんなの……」
「何を言うのですか、さあ、参りましょう！」
女性と過ごすクリスマスって、このことなのか！？
慎二も竜之助も、想像を絶するできごとにガクガク震えながら、スーザンの後について教会へと入っていった。
教会の大聖堂に賛美歌の音が響きわたる。
慎二たちも、賛美歌集を目で追いながら必死で歌う。
無数の蝋燭の光。厳かなパイプオルガンの調べ。総勢百人以上の修道女の高く清らかな歌声。
その雰囲気に圧倒されて、慎二たちは次第に平静を取り戻していった。
慎二の耳には不思議な声が聞こえた。
『シスター・メアリー。あなたのココロとカラダの悩みは、癒されましたか？』
それはついさっき聞き覚えのある声だった。そう、セールスレディの少女の声。
ああ、これこそが神からの慈悲だったのか。慎二はそう悟った。
『はい、おかげさまで』
『それは良うございました。これからも、主のもとで勤勉に励むように』
『はい。アーメン』
知らず知らずのうちに、慎二は十字を切って祈る。
すると、シスター・メアリーの失われた記憶が怒涛のように戻ってきたように思えた。自分は、修道女としてもう何年間も神に仕えてきた女性だったという記憶が。
隣では竜之助、いやシスター・ナンシーも同じ動作をとっている。
まるで歌い慣れたかのように朗々と賛美歌を詠唱するメアリーとナンシー。
胸の十字架を握り締めながら、ふたりの若き修道女は信仰に生きる決意を新たにするのだった。
聖堂の正面に据え付けられた、大きな聖母マリアの像。
その両手には、二千数年前のこの夜に生を受けた赤ん坊が抱かれている。
そしてなぜか、彼女の腕には見覚えのある手提げバッグがぶら下がっていた。
聖母、華代でございます。
このたびは、シスター・メアリーとシスター・ナンシーがわたくしの修道院でクリスマスのミサに参加して、修道女としての悟りを深めることができまして、大変うれしく思っております。
「真城 華代」の名前で活動なさっているセールスレディのかたは大勢いらっしゃると聞きますけれど、
聖職者はもしかしたらこのわたしくらいでしょうか？
さて、何か困ったことがありましたら何なりとお申しつけ下さい。今度はあなたの街にも福音を授けるかもしれません。
それではまた。アーメン。
そして、メリークリスマス。
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