スタッフたち
作：こうけい


東京ビックサイドでは、世界最大の同人誌即売会「ファンジンマーケット」（略称・ファンケ）が行なわれていた。

私は、東ホールから長い連絡通路を歩き、ようやく西ホールにたどりついた。
同人オタクとしては、西ホールのギャルゲージャンルもチェックしないとな。
西ホール２階のエスカレーターを降りて、アトリウムのある１階へと向かう。この広いアトリウムを通らないと、サークルスペースには行けないのだ。

「エスカレーターは歩かないでくださーい！」
ファンケの女性スタッフの叫び声がする。
これにはちゃんと理由がある。エスカレーターというものは、上を歩くと機械に余計な負荷がかかるものなのだ。とりわけ、今日のように膨大な人が歩くと、たちまち故障して停まってしまうらしい。
現に、このビックサイドで開催された最初のファンケのときは、ここのエスカレーターが全部停止して大騒ぎになったと聞く。

エスカレーターから見下ろすと、下で叫んでいる女性スタッフふたりはメイド服のコスプレをしていた。
へえ、コスプレのスタッフか。ルックスも並以上だし、なかなか目にやさしいな。
わたしはそんなことを思いながらエスカレーターを降り、アトリウムの正面に目をやる。
すると、西ホール４階への交通整理をしていたスタッフ数人も、おそろいのメイド服を着た女性たちだった。
もしかしたら、この部署独自の制服なのかもしれない。
でも、男性スタッフはどんな制服なんだろう？
そんな好奇心もいだきながら、わたしは彼女たちを遠目で観察してみることにした。

メイドコスプレの女性スタッフたちは、どことなく挙動が変だ。
歩き方がやけにおどおどしていたり、逆にすごいガニ股だったり。
中には、ときどきにやにや笑いながら胸をいじる者もいる。
いったい何があったんだろう？

わたしは、彼女たちの声が耳に入るくらいまで近づいてみる。
「メインゲートは入場フリーだぞ、誘導看板付け直しだ！」
「こっちの列、コーンバー増やせ！」
びっくりした。かなり男言葉っぽい。
まあ、ファンケのスタッフなんて肉体労働だから、男言葉になるのも仕方ないのか？

アトリウムの奥まったところに、スタッフ詰め所が見えた。
わたしがそちらに目をやると、やはり同じメイド服を着たひとりのスタッフが、詰め所にいるチーフらしいスタッフに声をかけてきた。
「すいませーん！俺、あそこから急に血が出て、気分悪いんです」
「そりゃ生理だ！」
「どうすればいいんです？」
「俺にもわからん！救護室にでも行っとけ」
とても、メイドコスプレをしている女性どうしの会話とは思えない。
どうなってるんだ？私の好奇心は疑心に変わった。

「ただいま〜。これから作業に戻ります」
ひとりの男性スタッフが詰め所に戻ってきた。
そういえば、わたしがこの西ホール１階アトリウムで男性スタッフを見るのは、これがはじめてだよな。ほかには男性はいないのか？

件の男性スタッフは詰め所の奥に入る。
そこには、桜色の着物を着たひとりの女性がいるのが見えた。そう、旅館の女将のような風格の。
着物の女性は、男性スタッフの頭に、メイドたちと同じ白いカチューシャをつけた。
すると驚くべきことに、太って大柄な男性スタッフの体があっという間に縮んでいくではないか！
そして服装もＴシャツＧパンから激しく変形して、スタッフおそろいのメイド服に。
さっきの男性は、髪の長い小柄なメイドの女性になってしまったのだ。

「おっ、変身完了だな！」
さっきのチーフが声をかける。
「はいっ、出動しまーす！」
男性だったスタッフは、まるで別人のようなかわいらしい声で応えた。
「おまえすごいな、女の子になりきってるぞ。俺たちには恥ずかしくてできやしねえ」
「それでもいいじゃないですかあ、なったっきりＴＳだってＴＳのうちでしょ。でもあたしは完璧なＴＳを目指すの。それじゃあ、行列整理に行ってきます！」

と、いうことは、今まで見てきたメイドの女性スタッフたちは、全員ＴＳした元男性なのか！？
男性がＴＳしてメイドになるのがこの部署の制服だとは……。
さすがファンケ。スタッフたちの発想までもが空恐ろしい。
わたしは身震いをしながら、ギャルゲーサークルエリアへとゆっくり歩を進めた。



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