チカン電車
作：こうけい



あたしは千佳。大学生。
あたしんちの近くの大学を受験するため、いとこの英和くんが昨日からうちに泊まりにきてるんだ。
英和くんはひとりっ子なせいか、あたしと話すのもちょっと気後れしてるみたい。
でもいいの。そのうち、あたしが女を教えてあげるんだからっ。

明日の試験本番に向けて、今日は朝から大学の下見。
大学に行くには、あたしんちの最寄駅から私鉄でターミナル駅に出て、同じ私鉄の別の線に乗り換える。
満員電車とか混雑する駅に慣れてない英和くんのために、行き慣れてるあたしが付き添うことになったんだけど、最寄駅までのバスが渋滞に巻き込まれて、駅についたのは予定より遅くなっちゃった。
これで、ちょっと妙なことが起きるかも…。

「あーあ、予定の電車に乗り遅れちゃった」
「千佳さん、次の電車でも十分間に合うよね」
「それがねえ、あまり乗らないほうがいい電車なのよ」
「どういうこと？」
「直通電車なのよ。ほとんどのはターミナル駅止まりだけど、次の電車だけは別の線にそのまま乗り入れるの」
「だったら大学まで直行するってこと？」
「うん」
「どうして乗らないほうがいいの？乗り換えなしで行けるのに」
「それがちょっと…ほら、直通電車だから混雑が激しくて…、
言いにくいんだけど、ちょっと困ったことが起きるのよ」
あたしの顔は自然と赤くほてっていた。
「千佳さん、まさか、痴漢電車とかじゃないよね」
「そ…そうそう、そのまさか。
女ばかりじゃないよ。男の子だってねらわれるんだから。
気をつけて乗りましょう、英和くん。あたしの言うとおりにしてね」
「う…うん」
そう言っている間に、問題の直通電車がホームに入ってきた。
あたしたちは体をねじ込むようにして、超満員の電車になんとかおさまった。

「ねえ千佳さん、車内広告にも『痴漢は犯罪です』と書いてあるじゃないか」
「あんなの気休めよ。混雑の中じゃ、犯人が特定できるほうがラッキーなんだから」
「あれ？『次の日も同じ電車で元通り』。どういう意味なの、この標語？」
ド、ドキッ。
「…ごめん、満員電車の中だから、もう少し静かにして」
あたしはあわてて英和くんを鎮めた。

ぎゅう詰めの車内でなんとか十数分をやり過ごす。
「やっとターミナル駅に着いたか。なんとか痴漢にあわずに済んだね」
「気をつけて英和くん、ここで乗客が入れ替わるわ。
邪魔になるから、わたしたちも一旦降りたほうがいいわよ」
そう言うと同時に扉が開き、車内からホームへ向けて激しく人が流れ出した。
「あっ、千佳さん、待ってよ！」
動き出すタイミングを誤ったのか、英和くんが人ごみの中で足をもつれさせている。
車外に出たら英和くんを見失っちゃう！
あたしはとっさに、戸袋脇の手すりにしがみついた。
『扉付近にお立ちのお客様、一旦ホームに出ていただきますようお願いします』
降りる人たちの肩にぶつかって迷惑なのはわかってます、すみません。

一呼吸おいたところで、人の流れは逆向きになる。
『ご乗車は、すいている扉から順序よくお願いします』
車内になだれ込む乗客たちの波に乗って、あたしは２メートル先にいる英和くんへと飛び込んでいった。
「うわっ！千佳さん！！」
「ひゃっ！！」
英和くんとあたしは、勢い良く額どうしをぶつけて、一瞬意識を失ってしまった。
それでも満員電車のおかげで、ふたりとも立ったままでいられたのだけど…。

「あれっ！？俺がいる？」
「気づいたわね？英和くん」
あたしは英和くんの声で、目の前のあたしに、つまり英和くんに話しかけた。
「これって…まさか千佳さんの体！？」
「そう。あたしたち入れ替わっちゃったのよ」
「な、ななななああっ！？」
あたしの体の英和くんは、目を白黒させながら奇声をあげる。
「事情は電車を降りてから話すわ、今は静かにして、お願い」

「あたしがそこに？」「ないっ！」「やったぜ！」
車内のあちこちからも、驚きや悲鳴や歓声や怒号があがっていた。

「さっき言ったでしょ、ターミナル駅で乗客が入れ替わるって」
「……そんなばかな！？」
大学の最寄駅で降りたあたしたちは、駅の壁にもたれながら自分相手にしゃべっている。
「だから、ほかにもあちこちで驚いてる人がいたでしょ？あの人たちも入れ替わっちゃったのよ」
「そういえば、この電車って痴漢電車じゃなかったの？」
「ううん、“置き換わる”ほうの置換電車。つまり、体を入れ替えてみたい人のための電車なのよ」
「それを早く言ってくれよ！」

実は、あたしは何度もこの電車で入れ替わりを経験してる。
入れ替わり相手は、サラリーマンのおじさんがいいな。ああいうおじさんはマナーを守って、次の日にも同じ電車に乗ってくれるから、ちゃんと元に戻れるのよね。
一度フリーターっぽいお兄さんと入れ替わったときは、もう戻れないかと焦りまくりだった。１週間後に、あたしの体の彼と再会して元に戻れたときには、とたんに全身汗だくになったもの。
だけど、今まで入れ替わった中で最高なのは、英和くんの体だな。
この子、体格も体質もいいよ、本当に。

「入れ替わった相手があたしでよかったでしょ？
ショタコンの気がある中年おばさんだったり、
若さを取り戻したいおじいさんだったりしたら嫌でしょう」
「そういう問題じゃ…」
「おわびに今夜はあたしが、英和くんの体で、女を教えてあげるから」
「明日は試験だよおっ！」
「あたしの家族もこの電車の事情は知ってるから、心配しないで」
「試験はどうなるんだよ！？受験票には写真貼ってあるんだ、替え玉はきかないよ！」
「明日の朝もこの電車に乗ればいいでしょ、いっしょに。同じようにやれば、元に戻れるわよ」
「でも、入れ替わりに失敗したら？」
「そのときはあたしが代わりに受けたげるよ。…受験の知識は忘れちゃったけどさ」
「落ちちゃうよっ！」
「そしたら責任とって、あたしがかわりに浪人したげるからさ。おわびに、英和くんはあたしになりきって大学生活をエンジョイすれば？」
「そんなあっ！」


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