ナーズウィッチ晴子ちゃんマジカルと
第１回 オタクなわたしが人助け！？
作：こうけい
※本作品はアニメ『あぃまぃみぃ！ ストロベリー・エッグ』のキャラクターと設定、さらにアニメ『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』の設定を使用しております。
「う、うわぁーーーーっ！！！」
夜の女子寮の静寂をつんざく、少女の悲鳴。
「楓子、どうした！」
寮生仲間で同級生の姫島藤緒（ひめじま ふじお）が、樟葉楓子（くずは ふうこ）の部屋へと飛び込む。
「お、おばけぇー……」
ブルブル震えながら涙を流す楓子。
開け放たれた窓の外には、坂の上へと走り去る何者かの人影が……。
「不審者よ！」
青鞜三ノ宮学院（せいとうさんのみやがくいん）中等部。
とっぷり日が暮れた校門を、ふたりの女子生徒が後にする。
「部活が長引いて、まいったなぁー」
「はるこ、夏コミの入稿までがまんだみゅん」
「でもね、まちゃ、次はコスプレ衣装製作もがんばらないと。
わたし、今度は魔法少女やるんだ」
「昨日やってた、ナースな魔法少女みゅんね？」
「そうそう、面白いよねあのアニメ！」
街へと向かう坂を下るふたりは、漫画研究会所属の芦屋晴子（あしや はるこ）と福島雅実（ふくしま まさみ）。雅実は「みゅん」が口癖で、晴子相手には自称他称ともに“まちゃ”なのだ。
「ところでまちゃ、寮に不審者が出たよね？」
「うん、ひびきミェンミェーが言ってたみゅん。夜はこのあたり通るのもちょっと怖いみゅんね」
ミェンミェーとは雅実の口癖で「先生」。ひびき先生とは、先日赴任してきて雅実たちの担任になったばかりの、天和ひびき（あまわ ひびき）先生のことである。
「でも寮生のみんなはもっと大変よお。わたしたちも、なにか手助けしたいよね」
「まちゃも禿同だみゅん」
バババババババッ！！！
そのとき突如爆音が轟き、晴子たちの目の前に土煙が巻き上がった。
「うわあっ！だみゅんっ！！」
土煙がおさまると、一台のヘリコプターが姿を見せた。
その中から現れたのは、しわくちゃの老婆。
「お、おばあさんがヘリコプターで……」
「あたしは五地荘（ごちそう）の管理人だよ。青鞜三ノ宮学院の生徒だったら、朝に通り抜けしてるだろ？」
見かけよりずっとはっきりとした口調の老婆は、坂の途中にある明かりを指差した。木造の下宿屋だ。
「そういえば、見たことある顔だみゅん」
「確認するけど、２年藍組の、芦屋晴子さんと福島雅実さんだね？」
「は、はい。そうですけど……」
「あんたたち、人助けはしたくないのかい！？」
「あっ、はい。わたしたち、寮の不審者の正体を探りたいんです」
「まちゃたち、人助けのために魔法が使えたらうれしいみゅん」
「そうくると思ってたよ。
ほれ、魔法のセットだ」
老婆は晴子に飾りのついたステッキを、雅実にコンパクトの鏡を手渡した。
「魔法のセット？ まるでアニメじゃないの！？」
「わあい！ ほんとうに魔法が使えるみゅんか？」
「ああ。魔法を使うには、お約束だけど呪文が必要だよ。
今から言うから、よく覚えておくんだよ」
老婆が読み上げた呪文は、まるで何かのスローガンのようだった。
「なんだか呪文らしくないみゅん……きゃっ！」
ステッキとコンパクトがまばゆい光を放ち、半信半疑だった晴子と雅実の服装が大きく変化した。
「これ……魔法少女なのかみゅん？」
「まあまあ、オタクらしくていいんじゃないかしら」
「そんなの気にしない！ さあ、しっかり人助けしてくるんだよ！」
老婆は晴子たちの背中をたたいた。
「のぞき魔め！許さへんで！」
大勢の女子中学生が、普段は通学路にしている坂を上がっていく。
学校と街を結ぶ坂のふもとにある、青鞜三ノ宮学院女子寮の住人たちだ。
それも、箒やバットなど長物を手に持って。
今日もまた、寮生の部屋を覗こうとした不審者が現れたのである。
「性懲りもなくまた来るなんて！」
「ふたりおったで！複数犯なんてたちが悪いわ！」
そのふたつの人影は、木造の下宿屋の前で姿を消した。
「五地荘に飛び込んだ！！」
「やっぱりここの住人ね！」
寮生たちが、五地荘の門に踏み込もうとしたときだった。
「あなたたち、ちょっと待った！」
声とともに、コスチュームをつけた晴子と雅実が、寮生たちの前に立ちはだかる。
「みんなの日ごろの不満、わたしたちナーズウィッチがオタッキーに解決します！」
「解決するみゅん！」
晴子はフリルが赤いゴスロリ風。雅実はリボンがいっぱいのふわっとした水色の服。どちらも、同人誌即売会でよく見かける服装だったりする。
そんなコスチュームでポーズを決めるふたりに、唖然とする寮生たち。
そんな中でも、晴子たちの同級生、梅田美保（うめだ みほ）はいたって冷静だった。
「ああ、芦屋と福島やんか。いったいどないした？」
「梅田さん、どうして正体がわかっちゃうのよぉ？」
拍子抜けの晴子。
「そないなこと言われたかて、コスプレは芦屋の十八番やろ？」
「そうそう、福島だって語尾で一発だよね」
藤緒も相槌を打つ。
「あーん、正体不明の魔法少女って設定のつもりだったのにぃ……」
「がっくりだみゅん」
「それにゴスロリはコスプレとは違うよぉ、梅田さん」
「とーもーかーく、こんなのはほっといて、中に入るわよ！」
脱力した晴子と雅実を無視して、藤緒たち寮生は五地荘の門へと踏み込んでいった。
ガララララララッ！
藤緒が五地荘の扉を勢いよく開ける。
「あんたたちね！ もうわかってるのよ！
とっとと白状したらどうなの！」
中にいたのは、五地荘の住人、森小路（もり こうじ）と東福寺東風（とうふくじ こち）。
森は寮生たちの盗み撮り写真をごっそり手に抱えており、東風はといえば楓子をかたどったぬいぐるみをいくつも背負っている。
「あ……ああああ…………」
ふたりは、いかにも気まずそうな顔で固まっていた。
「なるほどね、カメラはあんた、のぞきはじいさんってわけだ！」
藤緒がふたりをにらみつける。
「いえ、わたしは少女の着る制服に芸術性を見出してるだけですから」
「コチ（←東風の一人称）は、楓子ちゃんのファンだから……だめ？」
森と東風は必死に言い訳するが、そんなのが寮生たちに通じるはずがない。
「突撃ぃーーっ！！！」
寮生たちに五地荘中を追いまわされるふたり。
「どうしたの？ 芦屋さん、福島さん？」
門の前で落ち込んでいる晴子たちに、楓子が声をかけてきた。
寮生でも楓子だけは、藤緒たちと行動を共にしなかったのだ。
「あっ、樟葉さん。姫島さんたちが、いま中に入っていったところよ」
「じゃああたし、間に合わなかったんだ。藤緒ちゃんたちを止めようと思ったのに。
あれはおばけのしわざなのに、五地荘の人たちが叩かれるなんておかしいよ」
おばけを信じる楓子の感覚に一瞬唖然とする晴子と雅実。でもすぐ立ち直る。
「だ、だけどそんなときにわたしたちナーズウィッチが活躍するのよ！」
「うん。樟葉さんを人助けするために、まちゃもがんばるみゅん！」
「わぁーっ、芦屋さんたちすごーい！」
無邪気な楓子が拍手する。
「そう。こういう素直な子の喜ぶ顔が見たくて、ナーズウィッチは人助けするんだみゅん！」
ヒーロー物のアニメか特撮にありがちなセリフをつぶやく雅実。
「それじゃ、わたしたちも中に入るわよ！」
楓子のおかげで、ナーズウィッチはすっかりやる気を取り戻したのである。
晴子、雅実、楓子の３人が五地荘に入る。
すると、虚脱した表情のひとりの男が、ふらりと３人に近づいてきた。
この男もどうやら五地荘の住人らしい。
「な、なんてこったい……」
そうつぶやく男に、楓子は恐怖心を抱く。
「いやあぁぁぁーっ！！！」
すると楓子に突き飛ばされた男のシャツの下から、なんとピンクのブラジャーが！
「ブラ男！？ わああん！ やっぱり男の人ってヘン〜っ！」
泣き出す楓子とは対照的に、晴子と雅実の目は輝き出した。
「このブラ男、なんだかおもしろいみゅん」
「まちゃ、それを言うなら、萌え萌え〜、でしょ！」
「うん、萌え萌え〜みゅんっ！」
「ねえ、このブラ男がひびき先生だったらおもしろいと思わない？」
ブラ男が一瞬ぎくりとしたことにも、晴子たちは構わない。
「それいいみゅん！ひびきメェンメェーになったら無実だみゅん」
晴子は、気絶寸前のブラ男に名刺を差し出した。
「わたくし、こういう者でございます」
「『ココロとカラダの悩み 魔法で解決しちゃいます』？ 『ナーズウィッチ晴子ちゃん』だってぇ？」
どこかで見たようなキャッチフレーズなのはご愛嬌である。
「よおし、名刺を読んだわね、魔法いくわよ！」
「お、俺に何をするんだ！？ 芦屋ぁ？」
ブラ男が知らないはずの晴子の名字を読んだことなど構わず、晴子はステッキを振り上げる。
「クリックで救える命が、あるらしいです。。。。。。
グッズリストに協力よろしくです。。。。。。
あらいぐまラスカルがこのスレに興味を示しました。。。。。。
１日１膳でお腹いっぱい。。。。。。」
なんとも呪文らしくない呪文を唱えながら、フリルをなびかせて晴子がくるくる回る。
するとどうだろう、ステッキの先からもやもやとした光のようなものが流れ出て、
それがブラ男の全身へと巻きついていくではないか。
「う、うはあぁっ！！」
光線に包まれたブラ男は、次第に体の凹凸がはっきりしていった。
さらに、雅実がコンパクトをかざすと、さっきの光が鏡に当たってふたまたに反射され、廊下を走っていた森と東風を直撃して巻きついていく……。
「ひょええーっ！ コチこんな気分初めてーっ！」
「なんだ？ 体中が猛烈にうずいてきますよ！？」
森と東風を追いかけていた寮生たちも驚いて足を止める。
「なに？ どうしたってわけ？ これってもしかして、晴子たちの仕業！？」
ブラ男に巻きついていた光の帯がほどけると、
その中から晴子たちの担任教師、天和ひびきの姿が現れた。
「やったぁ！ ひびき先生になった！」
ひびきにされてしまったブラ男は、全身をなでまわしながら何度も奇声をあげる。
「なんだこれ……ひびき先生の服じゃ？
あへ！ うへ！ こっちがなくて、あっちがある！
あー、ああー、あーーっ！ チョーカーもないのに、声まで女に！？」
すっかりブラ男はパニック状態だった。
森と東風も光の帯から解放される。
そこにいたのは、もとの姿とは似つかない、ふたりの若い女性だった。服装も、かたやメイド服、かたやＯＬの制服。
さっきの写真とぬいぐるみのコレクションも、きれいに消滅していた。
「うわあ、どうしましょ、コチ、女になっちゃった！
これで女更衣室覗き放題かも！？ うれしいーっ！」
「こ、これは、うちの会社の女性社員の制服じゃないですかっ！
ずっと憧れてましたよ……。
でも、自分が女になって着たって、なんだかつまらないです。
男として観察するからこそ、制服を着た女性の魅力を感じることができるというのに」
ＴＳに驚くブラ男、感涙にむせぶ東風、妙にひねくれる森。反応は人それぞれである。
「みんなーっ！ 落ち着くみゅん！
この人たちは女だみゅんっ！！」
「だからー、のぞき魔じゃないよぉー」
ふたりのナーズウィッチが、藤緒たち寮生の前に立つ。
「へっ！？」
目の前にはさっきまで追いかけていたおっさんとじいさんの姿がなく、かわりにいるのは若い女性ふたり。おまけに、教師の天和ひびきの姿まであった。
「あれ？ ひびき先生いつの間に？」
「そーおそお、あなたたちが心配だからついてきたのよ。
この人たちは無関係だから、さっさと寮に帰って寝た寝た！」
ひびきになったブラ男は出まかせを言いながら藤緒たちを追い払う。
「のぞき魔め、行方をくらませたわね」
「しゃあない、みんな、戻るで」
ここで説明しておこう。
実はブラ男こそ、天和ひびき先生その人なのである。
正確には、ブラ男こと天和響（あまわ ひびき）が女装した姿がひびき先生。
響がブラをつけていたり、晴子の名字を知っていたりしたのもそのためだ。
ふだんは管理人の老婆から借りたチョーカーで声を女のものに変えているのだけど、それなしで声が高くなったら、そりゃあびっくりするだろう。
「ひびき先生、もう、おばけは出ないですよね」
楓子が、安堵の表情を浮かべながらひびきに近づく。
「……ええ、樟葉。おばけはみんなが退治したから、もう大丈夫」
パニックから落ち着いたひびきは、大切な最初の教え子を、本当に膨らんだ胸でやさしく受け入れた。
女になったひびきの心の中で、ほんとうの母性本能が芽生えてきたのかもしれない。
「あのー、ナーズウィッチのおかげなんですけどぉー。
ナーズウィッチ晴子ちゃんをよろしくですぅ……」
「ナーズウィッチまちゃもよろしくだみゅん……」
手持ち無沙汰になってしまった晴子たち。
そこへ、五地荘管理人の老婆が現れた。
「どうやらなんとか事態は収拾されたようだね、ナーズウィッチ」
「あっ、おばあさん。おかげで人助けができました、ありがとうございます」
「いやいや、これからもナーズウィッチでがんばるんだよ。
それといい忘れてたけど、あたしのことばあさんって呼ぶんじゃないよ。
三条るる（さんじょう るる）って名前があるんだからね」
「ところで……るるさん、あのときはまるでわたしたちを待ち構えてたみたいよね？」
「うんうん、なんか裏があるみゅん？」
「そのことでしたら、わたしがるるさんにアドバイスいたしました」
声とともに、るるの背後から唐突に現れたひとりの少女。
それは晴子たちの同級生、御影愛（みかげ あい）だった。
「あれぇ？ 愛ちゃんがどうしてそこに？」
「わたしの履物占いでは、明日の天気は晴れと出ました」
愛は占いが大の趣味なのだ。
「へ？」
「それをこの子から聞いて、あたしは“晴子”って名前の女の子に魔法を授けることにしたのさ」
「そ、そんな理由だったのぉ……？」
またまた脱力する晴子と雅実。
「ま、晴子さんたちがアニメ好きだってのあたしもかねがね知ってたから、目星はつけてんだけどね」
そして翌日、朝の五地荘。
「うっひゃあ、コチ女のままだよーっ！ 夢じゃないよ！」
「やっぱりこうなると、わたしも嬉しくなってきました！！」
自室で目覚めた森と東風は、女性の体のままだったのである。
「やったあ、女子寮も覗き放題だもんね！」
しかし、はしゃぐ森と東風を、るるがギロリとにらむ。
「あんたらね、女になったからって、そんな真似は許さないよ。
じいさんは今日からあたしのメイドだからね」
「そ、そんなあ」
「メイドはさっさと家の前の掃除！ 森さんはとっとと出勤する！」
「この恰好でですか？」
「会社の制服だろ？ 問題ないじゃないか」
「でも、わたしは会社では男ということに……」
「女になった事情くらい説明できるだろ！ ほら！」
森はるるに外へとたたき出された。
ドカーンッ！
ブラ男こと天和響はるるの手榴弾で起こされる。
「ほら坊やはとっとと身支度！ 女の朝はいくらあったって足りないんだからね！」
「あれ……戻ってる」
なぜか響だけは男性の体に戻っていたのだ。
「ほら、出勤の準備だよ！」
言うが早いが、るるは響を地下室への滑り台へと叩き込む。
そして数十分後、お腹を鳴らしながら五地荘を出る天和ひびきがいた。
首にはしっかりと、ハート型のチョーカーがついている。
「あーあ、今日も朝抜きかー……。
森さんたちがうらやましいよ。どうしてあたしだけ男に戻っちゃうわけぇ！？
女のままだったら、少しは支度が楽になるってのにぃ……」
世の中、そう都合よくはいかないものなのである。
放課後の青鞜三ノ宮学院中等部。
ひびきは晴子と雅実を体育準備室に呼び出して、事情を聞いた。
「ええっ！ ひびき先生、本当にブラ男だったんですかあ！？」
「しっ！ 大声出さないで」
「あっ、はい。秘密は守りますから、これからはナーズウィッチ３号として変身してくださいね」
「３号って？」
「女性の体に変身するんですよぉ。先生がブラ男だってことは、本当の女になったら秘密が守れて都合いいでしょう？」
「そりゃそうだけど、まあいいか」
ひびきはなんとなく首を縦に振る。
「それと、漫画研究会の顧問にもなってほしいみゅん」
「あのね、あたし体育教師なんだけど。できたら運動部の顧問のほうが……」
「先生の人相、美術に縁があると出てますわ」
昨日と同様、愛が突然ぬうっと現れる。
「なんで御影が出てくるんだ！？」
「わたし、占いのお告げでナーズウィッチのアドバイザーを務めることになりました。
わたしの占いに従って行動すれば、間違いはありません」
「わあっ、よろしくね愛ちゃん」
「新人教師生活だけでも大変だってのに、変身ヒロイン？ あたし、どうなっちゃうんだろう……」
ため息をつくひびき。
「大丈夫！ ナーズウィッチ晴子ちゃんがついてるんだから」
「まちゃもついてるみゅん！」
「“大丈夫”って、それあたしの決めゼリフだったはずなのに……」
（感想用掲示板はこちら）
（解説はこちら）
戻る
