神酒（ソーマ）
作：牡蠣 倶毛子
1
『親愛なる友人。高野君 元気してる？
これは副業でプラントハンターの仕事もしているあなたにも利がある話よ。
私は今、インドの民俗学を調べているの。
それでどうやらその場所の特殊な生態系の環境が深く関わっていそうなのよ
生物学に無知な私では手におえないの。協力して
弱冠10歳でＭＩＴ(マサチュセッツ工科大学)を卒業した天才のあなたになら
とても簡単なはずよ。
詳しい話はまた後でするわ。それじゃ』
*
高野 明は、モーニングセットのコーヒーを不味いと思いながらも胃に流し込み喉の渇きを癒す。しかし、190円のコーヒーに質を求めるのも考え物だ。
どうしてもこだわりを考えれば高くつく
「・・虫草でいえば冬虫夏草が有名だけど、虫の養分で発芽する菌類ですよね
養分としての活用はもちろんだけど広範囲に自分の菌糸を広げるという意味でも
この菌類の利点になります。
もちろん。養分としての利用でいえばハエトリ草などの食虫植物もあるし
繁殖の手段として昆虫を使うのは多くの植物がそうですが
中にはある種の罠にかけて花粉を虫につけるような高度なものもありますね」
今ではコロンビア大学の助教授になったエレン・プライヤは僕の初恋の女性だ。
今はもう30くらいだろう。
当時8歳だった僕には彼女は美しく見えた。
わがままでとても自己中心的な彼女だがなぜか今でも彼女の頼みは断りきれない。
エレンは微笑みながら僕を眺めている。
「・・明君、今16歳だっけ・・
相変わらず可愛いわね。
日本じゃ待遇が良くないからいろいろ大変でしょ
こっち（アメリカ）にくれば良いのに・・」
僕は昔から女顔でよくからかわれてきた
「エレンさんが言うから協力しているんですよ。まじめにやってください！」
「あら、赤くなっちゃって・・」
エレンは、色っぽい仕草でメモ帳を取り出す。
彼女はもう結婚していて子供も一人いるらしい。
初恋の女性が僕から遠い存在になっていくのが辛くて
卒業と同時に日本に来たのに
「この植物に見覚えはないかしら？
唯一の手がかりなのよ」
エレンに一枚の絵を見せられる。
ラン科の一種に見える。しかし、動物の死体、腹部から伸びる植物は確かにその動物の養分で成長している。それに実るはまるでザクロのようだ
見た事もない種だ。
実在していれば間違いなく新種である。
「これは？」
「ある18世紀の画家の絵よ。その地を訪れた彼女は後にサキュバスの呪いと記しているわ」
2
バングラディッシュは1947年にパキスタンの一部（東パキスタン）として独立し、その後1971年にパキスタンから独立しました。国民の大部分がベンガル人で、狭い国土の中で日本とほぼ同数の人々が生活している。国民の約90％がイスラム教徒で、気候は熱帯性気候。涼しく乾燥した冬（10月から3月）。暑く湿気のある夏（3月から6月）。涼しく雨の多いモンスーン（6月から10月）がある。国旗は緑の背景に赤く大きな丸でまるで
日本の日の丸を思わせる。
暑いっ！
やはり熱帯性気候、汗が滝のように流れる。
ああ、僕は何をしているんだろう？
確かにあの植物はとても興味がある。
しかし、所詮は絵だ。実在するかもわからない
最も原始的な宗教を調べるというエレンにいいように使われているだけかもしれない
「リンガやヨミって知ってる？ 性器崇拝の一種ね
それがインドにもあるのよ。
両性具有を神聖なものとして崇める人達もいるくらいだから
性に関してはとても歴史の在る所ね
問題は、神酒（ソーマ）と呼ばれる物が研究課題の宗教のなかでとても重要な役割を
持っているらしいことなの」
（*注 バングラデッシュはインドの隣の国。文化的にとても影響を受けている）
「その神酒が、問題の植物から取れるということですね
つまり、強力な幻覚作用のある麻薬のような物質の可能性があるということ」
この周辺は麻薬の原産地としても有名でイギリスの植民地の東インド会社から
中国にアヘンを輸出。イギリスは多大の利益を得た。
「そうね。古代マヤのように麻薬と宗教を組みあせて発展した文明は珍しくはないし
魔術師と呼ばれて恐れられた人々もそういった幻覚作用のあるものを使って人々を
操ったともいわれているわ。」
「詳しい説明もなしの強引さも相変わらずということで・・」
その日の内に航空機に乗せられ、気がつけば海外の地を踏んでいた
「頼れるのは、あなたしかいないの。協力して」
3
歴史的に見ればバングラデッシュはかって西パキスタンと呼ばれていた歴史がある
ガンジーの歴史のようにインドがイギリスから独立しようとした影にそれを防ぎたい
東インド会社、つまりイギリスの思惑でヒンズー教とイスラム教の対立が起きた。
つまり、この国はイスラム教の国なのだ。
しかしながら、それでもなおわずかでは在るが太古からのヒンズー教の歴史を保ち続けた
場所があるらしい。その場所はなぜかとても神聖な聖地らしい。
熱帯気候らしい木々の中を聖なるガンジスの流れに沿って舟を進ませる。
村らしい村はない。人の気配は見当たらない
「・・明君。・・このあたりにはトラがいるらしいわ」
「怖いこといわないでください！」
「脅える明君も可愛いわ。抱きしめたいくらい」
「僕で遊ばないでください」
問題の部族とは話がついているらしい。
神聖な儀式に立ち会うためにはどんな条件があったのかも知らない
案内役の男は僕が舟を大きく揺らしてしまったので睨み付ける。
山蛭がいるらしい。怖い場所に来てしまった。
*
石の神殿。アンコールワットを思わせるが規模はとても小さい。
ヒンズー教系の神殿といえば神々の彫刻を思い浮かべるが何もない
「こっちだ」
案内役の男は遺跡の中に案内する。
4
「く・・・ふぅ・・・っ・・・・ん・・・・ゃぁ・・・・。」
「・・はぁ・・・。」
「ん・・・ぅ・・・・っ・・・・・ん・・・。」
聞こえてくるのは女性のあげき声。
遺跡で行われている儀式とは乱交であった。
時折、何かの液体を口に含んでいるようだ。
これが『神酒』だろう。
・・という事は、神酒とは媚薬の一種だろうか？
宗教の中で性交の行為をとり入れているのは別に珍しいことではない。
真言立川流
http://www.bekkoame.ne.jp/~satortri/tachi-index/tachi-ryu/tachi-ryu.html
特にこの場合（エレンが調べている宗教）性器崇拝が関係している。
・ ・・しかし、16歳とはいえ、少年をつれてくる場所でもないはずだ
エレンとこの宗教の指導者らしき人物は握手をして何か話しをしている。
僕は乱交している男女に目に離せずにいた。
その視線に気がついた女性が手招きをして誘っている。
「貴方、日本人でしょ。私、日本に行った事あるのよ。
男の子はひさしぶりだわ。」
しかし、その誘いには乗らなかった。
エレンが何を考えているかはわからないが初恋の女性の前でその誘いを受けるわけにはいかない
「そう？ でもそのうち貴方もここでよがり狂う日が来るわ
あなたにも木々の精霊が訪れるもの・・」
・ ・僕が？ 馬鹿な・・
エレンが後ろから声をかけてきたのでとても驚いた
「待たせたわね。話がついたわ。例の植物の場所まで案内してくれるみたい」
5
ラン科の植物。その木は密集して生えていた。
間違いなく新種である。
あの絵の植物は実在したのだ。
そして、それがそのまま気になり植物の真下の地面を掘り起こす。
・・・出てきたのは人間の頭蓋骨だ
根がびっしり絡まっている。
*
この場所に閉じ込められて1日目。
周りをがけに囲まれており、それは崩れやすくて登れない。
入り口兼仮住まいの小さな洞窟には一人用のテーブルと椅子。
ベット（トンネルを一部削って作成。広場の草木を集めて毛布がわりに）があった。
入り口の扉が恨めしくそびえる
例の植物を調べていたら、気がついたら閉じ込められていた。
エレンは・・僕をだましたのか？
それとも彼女も別の場所で同じように酷いことされているのか？
*
2日目
食料といえば、例の植物がザクロのような実をつける。
しかし、死体の養分で育った植物の果実を食す気にはなれない
鳥を捕まえようといろいろ試してみる。
石ころを二つ紐で結んだ捕獲用の道具を作りいろいろやってはみたが
素人の僕にはとても無理だ。
体力を使って腹が減るばかりだ。
*
３日目
もしここから逃げ出せるとすれば体力がある今だけだ
硬く尖った枝を探す。自分の体重を支えることが出来なければならない
崖の地面に突き刺し登っていく。
しかし、それ以上に地面は崩れやすい。・・無理だ
あの画家もかってはここにいたのだろうか
*
一週間後
気がついた時には、実を食べていた。
気が遠くなる感覚。幻覚のように地面が揺れる・・・
*
（ここは……？）
すべてが真っ暗闇で、何の存在も感じられない
何処までも続く、果てしない暗闇が広がっている。
広いのか、狭いのか。それすらも分からない。
現実には存在しないような世界感。
しかし、夢の中にしては意識がはっきりしている。
（えっ・・そんな・・ばかなっ）
そこにあったものは形のいい大きな乳房と・・・
・・これは、女の体？？
（夢？）
くすくすと笑い声が聞こえる。
振り向くと体長15センチくらいの小さな妖精（？）がいつのまにか僕の周りを舞っていた。
「・・君は？」
妖精は微笑むばかりで何も答えない
青白く光ると妖精は姿を変え始める
目の前に、ぬっ、と得体の知れない触手が伸びて、少女と化してた僕の細い身体に絡みつく。
その中で、女の苦しそうなうめき声、そしてぐぢゅ、ぐぢゅという粘った何かが蠢くような、耳障りな音が響く。
・
「なんて夢を・・」
まさか、自分が女として犯される夢を見るとは思わなかった。
それが理由かはわからないが気のせいか乳首にしこりがあるように感じられる。
たしか、あまりの空腹のせいで問題の赤い実を食べた後、気を失ったような・・
強力な幻覚作用。やはり、これが神酒の正体か？
腹痛などの後遺症がないことを考えればまだマシなほうかもしれない
今日の分の食料を探しに行かなければ。
蛙や蛇など贅沢を言わなければ食べられるものはありそうな気もする
*
夢の中ではあいかわらず果てしない暗闇が広がっている。
妖精と少女と化した自分。
これで何度目だろうか？
*
明かにあの赤い実を食べてから身体に変化が現れている。
男であるはずの僕に少しずつ乳房が形成されつつある。
あの日以来、それを食してはいないのにもかかわらずだ・・
もともと中性的でおせじにも男らしいとは言えなかったが
ここまでくるとここまでくるとほとんど女性に近い。
女性化のほかにもう一つ身体の変化がある。
・・お腹がでてきた。
なにも中年のおっさんのような腹という意味ではない。
まるで妊娠でもしているかのように・・という意味だ。
食料探しが大変になるはずなのだが、崖の上から食料が投げこまれていたので
その心配はなかった。
・ ・つまり、監視されているのだろう。
6
開かずの門と化していた扉が開いている。
頑丈そうだがあれだけ年季の入った扉だ。
閂が壊れたのかもしれない。
重たいお腹を抱えながら外に歩き出す。
逃げ出すために・・
しかし、門のところに待ち構えていた数人の男につかまり石の神殿へと連れていかれた。
そこで待ち構えていた人物の多くにエレンもいた。
「・・エレン」
エレンは僕の姿をうれしそうに眺める。
数人の男達はまるで生贄の台座のようなところに僕を連れて行き寝かせる。
「・・ばか、やめろ。何をする気だ！？」
植物の硬い茎の部分を注射器のように僕のお腹に突き刺す。
一瞬、鋭い痛みが走った。
私の子に何をする気なの？という感情が一瞬思い浮かぶ。
・ ・ばかな・・
茎から流れ出てくるのは羊水のように僕の身体に溜まっていた液体だ。
時間をかけてゆっくりと流れ出るにつれて僕の腹はしぼみ始める。
まるでスタイルの良い女の子のようだ。
液体は、何かの容器に移し替え信者であろう女性達に少しづつ飲ませている。
・ ・・これが、神酒の正体か！
この儀式の間それぞれが何かを喋ってはいるがまるで何かの呪文のようで聞き取れない
「・・明くん。ごめんね」
エレンが近づいてきた
「なぜ、僕をこんな目に合わせるんだ！」
自分の声ではないかのようだ。女のように高い発音
「・・・明くんが悪いのよ。
私が求める存在にに限りなく近く、そして決定的に違うあなたが・・」
エレンは神酒を口に含み、僕にキスをした。
とても激しく舌を入れてくる。まるでそれほどまでに待ち望んでいたかのように・・
身体が熱くなる・・
相手は僕の初恋の相手。しかし、それは自分が望んでいた状態ではなかった。
そして、エレンは時々僕に はるか と別人の名前で呼びかけていた
7
「もしお前の腹から神酒を抜かなかったら、根が生えていずれこいつの様になっていたさ」
案内をしていた男は言う。
（訛りが強いせいかこの現地の人々の言葉は聞き取り難い。
案内役の男や数人の男女のみしか話が通じない。）
手に持っていたそれは冬虫夏草のスープ。
あの場所で植物の真下の地面を掘り起こし、出てきたのは人間の頭蓋骨だった
根がびっしり絡まっていた。
「・・・じゃあ、僕はもう大丈夫なんだよね？」
冗談じゃない、そんな姿で死にたくはない
まるでフクロムシに寄生された蟹だ・・
http://www-es.s.chiba-u.ac.jp/paleo/topics/rhizocephara.html
「いや、単に死ぬまでの時間が伸びただけだよ。」
趣味の悪い男だ。人を怖がらせて楽しんでやがる・・
ガチャと音がしてドアが開いている。
そこにいたのはエレンだ。
僕はここの民俗衣装を身につけ、首にはさまざまな首飾りをしている。
いつのまにか巫女として祭り上げられてしまったからだ
そのせいか生活には不自由はない。付き人も何人もいる
エレンはドアを閉めて近づいてきた。
「・・私の研究は原始的な宗教を調べることだったわ。
そして、それは成功といえる
妊娠のように大きくなるお腹と死して生える木々をみれば
古代の人は神の子と称えるでしょうね。
木の精霊というように自然を神と崇める文明だもの・・」
「あなたは・・酷い人だ・・」
「・・本当にそうね」
パシュ・・と音がした。・・なんだ？
案内人の男が血を流して倒れている。
エレンが手に持っていたのはサイレンサー付きの拳銃。
「・・エレンさん。一体何を？」
「この部屋は、代々の巫女が使っていた部屋よ
そして、この部屋にはこんな秘密もあるの」
石のタイルを剥がすと地下水が流れていた。
ああ、そういえばこの辺の遺跡は石の神殿と同時に数々の水路が行き渡ったイメージがある。
エレンは、僕を掴むと穴の中に突き落とした。
男だった時の体力はなく、簡単に水の中に落ちた。
地下水は思いのほか流れが速くいつのまにか気を失ってしまった。
8
「ローガン！ ちょっと、聞いてるの？ ローガン！！」
「なんだよ、うるさいな！ 聞こえてるよ」
「貴方に訪問者よ。女の子。結構、可愛いわ」
「なに？ 女？」
「でも、こぶ付き。あれだけお腹が大きいんだもの。て・・いうかローガンあなた何かやったんじゃないの？」
「いや、そんなわけはないんだけどなぁ」
しかし、自信はない。頭を掻きながらロビーへ移動する。
・ ・・確かに可愛い。しかし、見覚えがないぞ！
あれだけのレベルなら大概覚えているはずなんだけどな
「えっと・・」
どうしようか、確かに数えきらないほど女と付き合ってきた俺だが・・
「僕だよ。・・アキラ」
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