もし「とあるＣＭ」が放映されたら…（第３回）
作：たつみ


ふと誰かがいるような気がして目を覚ます。
枕もとの時計は四時半をさしている。
部屋の片隅でぼんやりと明かりがともり、話し声が聞こえてくる。
そうか、テレビをつけっ放しにしていたんだ。
俺は眼を擦りながらテレビを見やる。
あまりにもお馴染みのＣＭが流れている。
俺も慣れてしまったのか何の感慨もわいてこない。
消すのもめんどくさくなり、布団をかぶりなおす。
そのうちに騒音が遠ざかると、俺は再び夢の住人となった。

朝だ、眩しい太陽に叩き起こされた俺は、大きく伸びをする。
妙に爽やかな気分が俺を包んでいる。
こんなにすがすがしい朝は久しぶりだ。
俺は布団をたたむと、朝の支度を始める。
テレビは相変わらず例のＣＭを流し続けている。
洗面所で顔を洗い、いつものように化粧水と乳液で整える。
そしていつものようにファンデーションを手に取る。
いつものように？
俺はいつこんなものを買ったのだろうか？
化粧品など使う筈がないのに・・・。

脳の片隅にぼんやりとまくがかかり、俺の思考を曖昧にさせる。
部屋に戻った俺はいつものように薬箱を開け、オレンジ色の錠剤を口に入れる。
すこし甘ったるい味が口の中に広がる。
そういえば何の薬だったか。
箱にはグリコのようなマークが付けられ、英語で何か書かれている。
まあ良い、後で調べよう・・・。

頭をはっきりさせようとするが、上手く行かない。
なにげなくテレビを見つめる。ＣＭはまだ流れている。
暫く眺めていると、朝の爽やかな気分が戻ってくる。
俺は服を脱ぐとチェストを開け、いつものようにブラジャーを着ける。
少しきつくなってきた胸を、嬉しそうに眺める。
胸？
俺の胸！？
愕然として、胸を掴む。
痛い！
あまりの痛さに眉をしかめ、直ぐに手を離す。
何でこんなに痛いんだ・・・。

頭痛がして、頭がぼーっとする。
周りの風景が壊れていく。
俺はいつのまにかテレビの前に座り込み、あのＣＭを見ている。
だんだんと落ち着いてくる。
何をしてたんだろう。
最近自分の行動を思い出せないことが良くある。
気を取り直して立ち上がり、いつものようにスーツを手に取る。
白いブラウスにベージュのベストとスカートを着け、ハンドバッグを持つと玄関に急いだ。
パンストが破れてないかチェックしてハイヒールを履き、ドアを勢い良く開ける。
何か新鮮な感じがして、とっても気持ちがいい。
あっ、テレビつけっ放し。
まあ良いわ。
わたしはドアに背を向けると、新しい一歩を踏み出す。
新しい一歩？
そうよ、わたしは、お・ん・な。
その言葉が自然とわたしの中から溢れだす。
もう自分に悩むこともないわ。
穏やかな気持ちで歩きながら昔のわたしに別れを告げる。
部屋の中からは、かすかにＣＭが響いていた・・・。


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