もし「とあるＣＭ」が放映されたら…（第２回）
作：たつみ


　今日は父の三回忌だ。
職場に届出を出し、懐かしの実家へと戻る。
母は元気でやっているだろうか。
見合い話しか持ち出さなかった母も、
最近は兄夫婦にかかりっきりなのか何も言って来ない。

　俺は新幹線から船に乗り換え、懐かしい匂いのする瀬戸内海を見やる。
七月も半ばの海の風が、ねっとりと身体に纏わりつく。
　ふと視線を感じ横を向いた。
白いワンピースを着た女性が、こちらを眩しそうに見ている。
俺と目を合わせると、何処かで会ったことが有るのか会釈をし、
恥ずかしそうに船内に入っていった。
昔馴染みの顔を思い浮かべるが、女の知り合いはほとんどいない。
そこまで考えて愕然とする、色白だった親友の姿を思い出したからだ。
　まさかな・・・、こんな田舎にまでＣＭが流れる筈はない。
そう思いながら船を降り、タクシー乗り場に急ぐ。

　自然と足をはやめた俺は、先ほどの女性に会うことも無くタクシーに乗り込んだ。
ほっとして運転手に行き先を告げる。
落ち着いた俺は、運転席のラジオに耳を傾けた。
だが５分後、俺はラジオを聴いたことを後悔していた。
　あのＣＭだ。いったい何処まで行けば逃れられるのか。
もうすでに安全な場所など残っていないのだろうか。
お金を受け取ろうと伸ばした運転手の爪には、鮮やかな赤いマニキュアが塗られていた。
何も言わずタクシーから出た俺は、釣りも受け取らずに歩き始める。

　もう良い、とにかく家に帰り着いたんだ。
入り口の前に立って呼び鈴を鳴らすと、勝手口から声が響いた。
「は〜い、どちら様ですか」
　聞きなれない若い女の声だ。義姉の声なのかもしれない。
だが扉を開けて出てきたのは、俺の知らない女だった。
紺の着物に身を包み、清楚な感じがする女性だ。
その女性はこちらを見て微笑むと、親しげに声をかけてくる。
「やっと来たのね。あんまり遅いから来ないのかと心配したわ。
さあ、そんなとこに立ってないで、中に入ってよ。お母さんも待ちわびてるわ」

　いったいこの女は誰なのだ・・・疑問が俺の中で膨らむ。
混乱した俺はその女の言うがまま、靴を脱いで床の間に上がる。
奥の座敷に母と義姉の姿がみえ、少しだけ安堵した。
母は嬉しそうにこちらを見ると、
「半年ぶりに家族がそろったわね」と訳のわからない事を言った。
　家族？、じゃあこの女は？、それに兄はどこにいるんだ。
母はぼけてしまったのか？、俺は母を、次に女をみつめた。
そんな俺を見た母は、可笑しそうな表情を浮かべた。

「どうしたの、お兄ちゃんの顔を忘れちゃったの？」
「もう、お母さんたら。それを言うならお姉ちゃんでしょう」
「ごめんごめん、忘れていたわ。私の可愛い娘になったのよね」
「そうよ、今のわたしは、お・ん・な、ですから」

　俺はただ呆然と二人を見ているしか出来ない・・・何も考えられない・・・。
義姉は会話には参加せず、テレビのチャンネルを回している。
いつしかテレビから、あのＣＭが流れ始めていた・・・。


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