愛よりも憎しみを
作：たつみ
（20020715送付 20030314発表）
今夜も月がきれいに見える。わたしはそっと窓を見つめ、静かに吐息を吐く。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
求める答えは見つからず、怒りも悲しみへとかわっていく。
このからだにもなれてしまった。
いや、ならされてしまったと言うべきなのか。
瞳を閉じ、おとこのすがたを思い浮かべる。
わたしが求めてやまない、あのおとこのすがたを。
今宵もかれはやってくるのだろう。
そして今夜、今夜こそは全てを終わりにするのだ。
わたしの復讐が、この感情がほかのものではないと証明するために。
「不老不死だと！」
「そうだ、かの者は竜の血によって清められておる。
この世のどんな武器でも、彼を傷つけることは出来まい」
「しかし、竜など空想のものではないか」
「だが、彼が無敵なのは事実」
「・・・ではどうすれば」
「一つだけ方法がある、竜の精気が最も弱まる時、
すなわち彼の精が放たれる瞬間に、その首を落とせばよい」
「しかし女の細腕では、首を落とすことなど無理だ！
やはり我々は負けるしかないのか」
「お主ほどの腕を持った女を探すことだな」
「だが町は焼け、落城は間近だ。
そんな女を捜している時間は無い」
「ではあきらめるしかあるまい」
「馬鹿な、死んだ部下たちの復讐も果たせず、
ただあきらめて死ぬのを待てと言うのか！」
「ならばどうする」
「ほかにも手はある筈だ、何か手が・・・。
女・・・俺と同じぐらい強い女・・・」
その会話がわたしの運命を捻じ曲げてしまったのだ。
細く美しくなった指、白く艶やかになった肌、華奢になった腕と肩を見やってから
視線を下に落とし、女らしく丸みを持った胸に手を当てる。
全ては偽りの、つくられたからだ。
そう、彼に愛される・・・ただそれだけのために造り上げた身体は、
偽物とは思えないほどの輝きを放ち、彼を魅了した。
わたしはかれの前ですべてをさらけ出し、かれがわたしのものになるのを待った。
かれはじらすようにわたしをさいなむと、ゆっくりと中に入ってくる。
一瞬の痛み、そして悦び。いつしかわたしの中で何かが失われていった。
わたしはかれのものになり、かれのからだにこたえる。
そして待ち望んでいた一瞬がわたしの中ではじける・・・永遠とも思える一瞬・・・。
わたしが気づいた時、もうそこに彼の姿は無かった。復讐は失敗したのだ。
わたしは絶望に苛まれ、飛び降りるつもりで窓を開けた。
眼下に広がる廃墟がわたしの心をひきつけ、穏やかな気持ちにさせる。
だがそのまま一歩踏み出そうとした時、廃墟の片隅で彼が歩いてくるのが見えた。
そしてわたしに気付いたのか、こちらを見上げて微笑む。
その微笑はわたしを安堵させ、わたしも笑みを返す。
わたしの復讐は失われてなかったのだ。
そしてわたしの生活が始まった。
わたしが守護していた城は、彼とわたしの城になった。
多くの召使が付き、華やかなドレスと装飾品がわたしを飾り立てる。
彼は優しく、常にわたしを気遣ってもてなしてくれる。
そして夜、夜には必ず復讐の機会が訪れるのだ。
あの秘めやかな一瞬が・・・。
そうして一日、また一日と日を重ねて行くうちにふた月が過ぎ、
今ではわたしの薬指にも、彼と同じ紅玉の指輪がはめられている。
夫との和やかな暮らしは心地よく、過去の記憶はだんだんと薄れていった。
だが平穏な時は突然の襲撃者達によって破られた。
すぐにわたしも剣を取り、侵入者と相対する。
だがその顔を見たとき、わたしは驚いて呆然と立ち竦んでしまった。
それはあの戦いで生き延びた、かつての部下達の姿であったのだ。
なぜ、という言葉も出ないうちに、彼が剣を持ち駆けつけてくる。
そして戦い、いや虐殺が行われた。
勝てる見込みもなく、ただ剣を振るう者たちの表情は、
何かをわたしに伝えようとして、戦っているようにも見える。
なぜそんな無駄なことをする・・・あの人を倒せるのはわたしだけなのに・・・
・・・わたしだけ？・・・わたし・・・。
その瞬間わたしは剣を握り締め、冷やかな表情で部下達を屠っていった。
お前達さえ来なければ、すべてが忘れられていたのに。
そんなわたしをあざ笑うかのように、部下の顔がちらつく。
おんなのような振りをしても、しょせんは偽物のくせに。
そんな姿になってまで・・・恥ずかしくないのか。
俺達を殺しても、お前の過去が消えるわけがないだろ。
すべてが夢だったのだ。復讐は成されねばならない。
死んだはずの部下達が、一斉にわたしを責め立てる。
やめろ、やめてくれーーっ！！
そして唐突にまぼろしは消えていった。
いつのまにか戦いは終わり、わたしはうしろからしっかりと抱きしめられていた。
もう大丈夫だと言う声に安心し、その腕に抱かれたまま落ち着くのを待つ。
おとこの心音が伝わってきて、わたしの心臓もそれに合わせるかのように脈打ちはじめる。
しばらくそうしていた後、名残惜しむようにゆっくりと腕を振りほどき、彼の顔を見つめる。
夫はわたしを慈しむようにみると、そっと唇を重ねてきた。
でもわかっている、これが最後・・・わたしの中にはおとこだった時の記憶が刻まれている。
復讐は成されねばならない・・・。
そしてその日の晩餐は、今迄で最も楽しいものになった。
わたしは夫のために習い覚えた料理を披露し、それはその日のメインディッシュとなった。
彼は得意のピアノを弾き、本当は演奏家になりたかったんだとうそぶく。
何から何まで夢のようなひととき、だけど確実にその時間は過ぎ去っていった。
そして今夜・・・、
すべてを終わらせるために、わたしはベッドに座って夫を待っている。
殺しても殺し足りないほど憎んだおとこ・・・そして愛したおとこ・・・
わたしだけのおとこ・・・。
ふたたび月を見つめる。
この感情はわたしだけのもの。ほかの誰にも理解はできない。
もうすぐあしおとが近づいてくる。あのおとこの、愛しい夫のあしおとが。
そして甘美な復讐を始めるのだ・・・最後の復讐を・・・。
そう、この復讐はわたしの愛の証なのだから・・・。
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